モバイルを中心とする通信事業にとどまらず、dアカウントを基軸に、dTV、dマガジンなどの幅広いスマートライフ事業を展開しているNTTドコモ。同社においてdマーケット全体のマーケティングを担当し、顧客データの活用、MA・DMPの導入を通し、ロイヤルユーザーの増加を推進する長谷川氏。20を超えるサービスを横串でとらえるdマーケットでの取り組みや、マーケターがデータ活用を推進するうえでのポイントについて話を伺った。

まずは簡単に長谷川さんのご経歴を教えて下さい。

2003年にプロパーでドコモに入社してからドコモ一筋です。入社当初は、テレビ電話の機能を使って個人がライブ中継できるサービスや、花火のライブ中継、プロ野球のライブ中継を見ることが出来るサービスを展開するチームに所属していました。

もちろん当時はスマホなんて存在せず、ガラケーがメインだったので、今でこそモバイル端末での動画視聴は当たり前にはなっていますが、当時はFOMAで1分60円くらいのテレビ電話通話料をかけてプロ野球中継を見る、というような感じでしたのであまり流行りませんでした(笑)。通信インフラが整っていない中、時代を先取りしすぎたと反省しています。

その後は、当時のiモードの重要なサービスの一つであった「iチャネル」を担当しました。私がジョインした時のiチャネルの契約数は500万契約くらいでしたが、最終的には1,600万契約まで伸ばすという経験もさせていただきました。ここでは前の部署での動画の経験を生かして、テキストベースのニュースを動画で配信するという私の提案が通り、契約数増加の一助を担えたと思っています。

ちょうど何か新しいことをやりたいと思っていたところ、当時、半年で黒字化しないと会社が潰れるという危機的状況だったドコモと楽天オークションとのジョイントベンチャーからお声がけいただき、「面白そう!」と思い飛び込みました。ここでは今までのキャリアを通してかつて無いほどハードに働きましたが、頑張りの甲斐あって黒字化も成功し、会社を存続させることができました。

実はこのサービスが「ラクマ」の前身となるサービスで、当時順調に伸びていたこともあり、2年の出向予定でしたが、結局3年半ほど在籍していました。楽天オークション事業を伸ばすのがミッションでしたが、ドコモからの出向者として楽天市場をモバイルシフトさせたい、と勝手に思っていました。

当時の楽天は事業の軸をPCに据えていて、市場を見てもモバイルで買い物をする人は少なかったですが、楽天オークションだけは当時から8割くらいがモバイルの流通でした。

そんな背景もあり、本体の楽天市場もモバイルに注力すればもっと可能性が広がるということを証明しようと、出向社員の立場ですが楽天グループ全体の戦略会議で、「モバイルに注力しないとAmazonに勝てないぞ!」みたいなことをずっと訴えていました。楽天全体がモバイルにシフトした結果、まさかキャリア事業まで進出してくるとは、という感じですが(笑)。比較的保守的なドコモにいながら、ネットベンチャーである楽天で働けたのは今のキャリアに非常に活きていると感じます。

2011年くらいに楽天からドコモに戻ってきたタイミングでは、市場的にもガラケーからスマートフォンに移り変わってきており、ドコモとしても大きくシフトチェンジが必要な時期でした。ドコモ自身がサービサーに踏込み、ガラケー向けのアプリや着うたを売るというような「ドコモマーケット」というサービスを提供していましたが、そのサービスを「dマーケット」に名前を変えて、色々なサービスを作っていきました。

dマーケットのサービスとして、映像や音楽、書籍やアニメなど様々なデジタルコンテンツが続々と誕生していましたが、もっと事業を拡大するためにも、そしてお客様に価値提供するためにもコマース領域に進出しようということになり、楽天でコマースの経験をしていた私に白羽の矢が立ちました。超少人数のメンバーでしたが、「社運をかけて1年以内に立ち上げる!」という司令が上から降りてきまして、物流の整備や社内調整など、色々な障壁がありましたが、なんとか2012年に「dショッピング」を立ち上げることができました。

その後はdショッピングの礎をもとに「d fashion」や「dトラベル」、「dデリバリー」などコマース事業を拡大していきました。しかし、dマーケット全体で見た時に各サービスが連携されておらず、それこそ楽天でいう楽天経済圏のような概念がなかったので、全体を俯瞰して各サービスを横串で見る重要性を訴えた結果、横断部門に異動することになり、全体戦略を任されるようになりました。

その際にコミットしたdマーケット全体のCRMやデジタルマーケティング、データ戦略などのアクションを一個一個実現させているのが今のフェーズです。

データの利活用という観点では、具体的にはどのように推進されていったのでしょうか?

当時は事業ドメイン毎にそれぞれ得意なパートナーを見つけて個別にサービスを立ち上げるという進め方をしていました。音楽系であればレコチョクさん、映像系であればエイベックスさんというように、得意なパートナーとそれぞれのサービスに特化したシステムを構築していました。

これでは各事業部で同じようなシステムを作っていた、というような無駄も発生していましたし、横串部門で全事業部のデータを把握することも出来なかったので、全サービスからデータを吸い上げるDMPを構築し、セグメントマーケティングを実現するためにマーケティングオートメーション(MA)を導入しました。

この時私が一番重要視したのは「データ活用の目的」です。データ活用は目的ではなく手段ですので、まず我々dマーケットにとって一番良いお客さんはどんな人なのか、その人はどこが入り口でどんなカスタマージャーニーを経て最終的にロイヤルユーザーになるのか、データの観点とユーザー体験の観点からどのようにステップアップしていくのが全体の成長に繋がるのか、というような全体像をまとめていきました。

その結果、ロイヤルユーザーの定義を「複数のサービスを継続的に使って頂いているお客様」とし、ここのボリュームゾーンを増やすことを目的に設定しました。楽天時代の経験からずっとクロスユースにこだわってきましたし、クロスユースしていただければ当然粘着性が上がり、LTVも上がることで我々もお客様も幸せになることを知っていましたからね。このロイヤルユーザーを増やすためにクロスユースを促すことを目的にDMPとMAのシステム要件を詰めていきました。

なので、昨今の「データを貯めればなんとかなる」というようなデータ活用ブームに対しては非常に違和感を覚えます。DMPを構築したのはいいものの、何に使うのかまで考えられてないケースが非常に多いように感じます。また、データを活用してメルマガのCVRが○倍になったという話もよく聞きますが、これもデータマーケティングの本質ではないと思っています。

一番大事なのは、お客様の行動が全てデータで可視化・蓄積されていて、継続的にお客様とコミュニケーションが取れることです。MAにしてもDMPにしても、単発でのメルマガ経由の売上増加のような目先の成果を語りがちなので、どうお客様と接することが出来たのか、どうロイヤリティを高めることが出来たのか、というような話をした方が建設的ではないかと思います。

ちなみに、ロイヤルユーザーの定義は当時からずっと変わらないのでしょうか?

変わっていますね。ロイヤルユーザーの定義は、フェーズによって移り変わるものだと思っています。先程お話したように、当初はロイヤルユーザーを「複数のサービスを継続的に使って頂いているお客様」と定義していましたが、その時々の課題感によって、ロイヤルユーザーの定義は変わります。

2015年の当時はクロスユースを掲げていましたが、2016〜17年はとにかく1つのサービスでもいいので継続利用する人を増やすべく、「1つ以上のサービスを継続的に使って頂いているお客様」をロイヤルユーザーと定義していました。

それを実現するために「dマーケットマスターチャレンジ」というロイヤリティ向上施策にもチャレンジしていて、これはどのサービスでもいいので3ヶ月連続でご利用頂くと限定の特典を付与するという継続促進施策です。実際にこの施策も成功させることができたのですが、やはりLTVを高めるためにはもう一度クロスユースを促進しよう、ということで、今年度はdマーケット全体でクロスユース促進プロジェクトに取り組んでいます。

ポータルから各サービスへの送客によるクロスユース促進は以前から取り組んでいましたが、このプロジェクトはサービス間のクロスユースを促進する企画です。ただ、このプロジェクトを推進する上でも多くの障壁がありました。

例えば、dTVのユーザーをdショッピングに流してしまうと、dTVのKPIを持っている人からすると“離脱”になってしまいます。なんなら可処分時間の観点だと競合ともとらえられるわけです。縦割のKPIだとこのような事が起こってしまうので、我々が取り組んでいるクロスユース促進プロジェクトでは、“横のKPIを縦に持たせる”ということに挑戦しています。

つまり、各サービスに対して、“どのサービスでもいいので月にこれだけの送客数をコミットしてください”というKPIを設定しています。もちろん相互送客になるように調整してはいますが、そうもいかない場合もありますし、自分たちの事業売上じゃない目標を各サービスに背負わせているので、色々反対意見も出てきましたが(笑)。ただ、dマーケット全体で見ると間違いなくLTVが上がるので、なんとか各所を説得して通しました。

 最終的にはどのようにして意見を通したのでしょうか?

やはり、dマーケット全体の数字が伸びることが明らかだったことが一番の要因ですね。他の要因を挙げるとすれば、dマーケットの中でガバナンスを効かせるためのルール(加入要件)を作っていて、その中に「クロスユースに貢献すること」を明文化していたことも非常に大きなポイントでした。

dマーケットに加入している時点でクロスユースに貢献して当たり前、という建前と、「全体の数字が上がるんだからやろうよ!」という気合ですね(笑)。努力の甲斐あってようやくクロスユース促進プロジェクトが走り出したことで、各サービス間の相互送客とポータル経由の送客が実現しています。

また、先程お話したdマーケットのルールでもう一つ重要なものがあります。それは、「顧客データを取得でき、そのデータをdマーケットのために自由に使えること」です。大企業が巨大なDMPを構築しても、事業間で競合してしまったり、ある事業部にメリットがあってもこの事業部にはないとか、データを渡すんだから金をよこせとか、様々な理由で進まないという話はよく耳にします。

しかし我々の場合、dマーケット内では自由にデータを使ってもいいというルールがあるので、DMPを有効活用出来ていますし、データ活用の促進にも繋がっているのではないかと思っています。このあたりも、とにかくデータを取得するのではなく、目的を考えて導入しないと痛い目に合うのではないでしょうか。

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弊社が提供している マーケティングツール『b→dash』 は、マーケティングプロセス上に 存在する全てのビジネスデータを、ノーコードで、一元的に取得・統合・活用・分析することが可能なSaaS型データマーケティングプラットフォームであり、BtoC業界を中心に、様々な業種・業態のお客様にご導入頂いております。

Editor Profile

  • 福井 和典

    株式会社データX マーケティング管掌執行役員

    日本IBMにてシステムエンジニア、GREEにてCRM領域のオペレーション企画、PwCでの業務コンサルタントとしての経験を経て、2016年よりデータXに入社。データX入社後は、カスタマーサクセス部門に在籍し、小売/金融/アパレル/ECなど幅広い業種に対するb→dash導入支援を統括。
    その後は、主にb→dashのマーケティング/広報/PR活動や事業企画に従事。

Speaker Profile

  • 長谷川 誠

    NTTドコモ

    コンシューマビジネス推進部 サービス戦略 サービス戦略担当課長 シニアプロフェッショナル

    入社以来、一貫してモバイルサービスに従事。テレビ電話、iチャネルを経て、2008年に楽天に出向し、オークション事業の黒字化を達成。2011年にドコモ復帰後、スマホ版dマーケットの立ち上げに関わり、音楽配信事業、電子書籍事業を経験。2012年以降、Eコマース経験をいかし、dショッピング、d fashionを立ち上げ、dマーケットのコマース領域進出を果たす。2014年からはdマーケット全体のマーケティングを担当し、ゲーミフィケーション、DMP、CRM、マーケティングオートメーション等を実現。2018年のマネージャー就任後、半年間でMAUを400万成長させ、1000万MAUを達成。現在21ストアを提供するdマーケットのマーケティングリーダーとして成長を促進すると共に、ドコモのシニア・プロフェッショナル制度の認定を受け、デジタルマーケティングのスペシャリストとしてドコモのデジタルシフトを牽引している。

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