前編では長谷川氏の経歴を元にこれまでの取り組みや、dマーケットでの経験を通してデータ活用を推進するうえでのポイントについて話を伺った。後編では全体最適を進めるうえでの横串部門と各事業部との関わり方、マーケターとして持っておくべき観点を軸にお話いただく。

データの活用という観点ではサービスを拡大させて楽天のような経済圏を作ることがポイントになると思いますが、今後サービスを拡大させる上での戦略はあるのでしょうか?

もちろん、これからもサービスは増やしていく予定ですが、先程もお話したとおり、増やそうと思うとサービス間の被りが起きてしまいます。実際、映像系やコマース系のサービスは複数存在していますし、事業ドメインが被るものは縦に割れて、データ活用のボトルネックになってしまうので、できるだけ統合していく方向性を考えています。

サービス自体を統合するのか、ポータルの中で統合されているように振る舞うのか、というのは議論中ですが、dマーケットで「映像を見る」、「モノを買う」というような体験は統一していきたいので、サービスを統合していきながら、足りない事業ドメインを増やしていこうと思っています。

その点、やはり楽天はやり方が非常に上手いですよね。楽天の場合、楽天市場以外ではモノを売ってはいけないので、他サービスを使っていても、何かモノを買うとなれば必ず楽天市場にリンクするようになっています。

ここのガバナンスと、事業ドメインの整理と、クロスユースのマインドがあるのが楽天の強みなので、dマーケット、ドコモも真似するべきだと思っています。無駄なサービスの被りを生まずに、横串で全体を俯瞰しながら、いかにユーザー体験を良くしていくか、ということを意識して進めていこうと思っています。

やはり楽天のやり方をベンチマークされているんですね!

そうですね、私自身が在籍していたというのが大きいですが(笑)。ただ、ユーザーの属性に関しても、楽天とdマーケットでは近しい部分が多いので参考になると思っています。よくコマースの世界では“Amazon型”と“楽天型”に分類されることが多いのですが、dマーケットは“楽天型”に分類されます。

どういうことかと言うと、Amazonは合理性が強く、いかに無駄なく効率よくユーザーの選択を手伝うかを重要視しており、対する楽天は、「ショッピング・イズ・エンタテインメント」をコンセプトに掲げているほどで、何をするにも“楽しい”とか“にぎやか”とか、合理とは対象的な世界観を持っています。

dマーケットのユーザーはマスっぽいと言いますか、アーリーマジョリティやレイトマジョリティの方が比較的多いので、“楽天型”に近しいと言えます。だからこそ、ポイントもとても刺さりますし、ゲーミフィケーション的なコンテンツも非常に相性がいいですね。もちろん、楽天と全く同じということはではないので、ドコモやdマーケットでも上手くいきそうな部分を選別して取り入れるようにしています。

ちなみに、普段からデータを見ているのは横串部門だけなのでしょうか?それとも各サービスの部門の方々も普段から見られているのでしょうか?

基本的には、各サービスの部門で自分たちのサービスに関するデータを分析して、その中でPDCAを回しています。一方で、dマーケット全体のデータも全員が見られるようになっているので、これもdマーケットに入るメリットの一つです。

例えば、「dマガジンでこんな雑誌を読んでいる方に、dTVから興味関心が近そうな内容のメールを送る」というような施策も横串部門を通さずに実施できるようになっています。他にも、先程お話したクロスユース推進プロジェクトにおけるサービス間の相互送客の可視化もされていますね。

横串部門はどのようなKPIを追っているのでしょうか?

ポータルサイトのMAUと、各サービスへの送客数、「dマーケットマスターチャレンジ」の最上位のマスターユーザーの人数ですね。以前はポータルのDAUを追っていたのですが、マネージャー就任後、最重要KPIとしてMAUを置き、チームのマインドを変えました。MAUを追うためにCRMを強化、再来訪率を上げれば、DAUはついてきますので。実際、半年間で400万MAU積み上げて、1,000万MAUを達成できましたし、まだまだ伸ばせると思っています。

あとは、明確にチームのKPI として持っているわけではないですが、dマーケット全体の成長率とポータル経由の取扱高はモニタリングしています。送客しても、購買に結びつかなければ、質が悪い送客ということになってしまうので、ポータル経由でいかに売り上げに寄与しているか、新規ユーザーをどれだけ取れているかはとても重要視しています。

ポータルの役割はdマーケット全体における新規ユーザーを獲得することと、各サービスの新規契約や新規購入を促すことですからね。それから先は各サービスの CRM部門の担当なので、そこの KPI の受け渡しをしているようなイメージですね。

一方で、クロスユースに成功すればするほど、各サービスにおけるCRMが機能して、各サービスから一人のお客様に対して色々な案内が来てしまうと思いますが、そこはどのようにガバナンスを効かせているのでしょうか?

今取り組んでいるメールとアプリPushに関しては、横串部門で担当しているものと、各サービス部門で担当しているものがあります。各サービスで実施するものは基本的には任せていますが、横串部門で担当しているものは、配信数などを細かくモニタリングしています。

他にも、各サービスで「メルマガが多い」というお客様の声がどれぐらい増減しているかもモニタリングしているので、そのような声が増えてきているサービスには配信を制限させるようにもしています。

また、横串部門から送るdマーケット総合メルマガは、新規ユーザー獲得のために非常に重要な施策なので、配信数をかなり絞っています。連発して解約されてしまっては困りますので、丁寧にやっています。基本的なことですが、セグメント分けをして反応しない方には年一回の誕生日メルマガで掘り起こしを狙ってみたり、買ってくれる/反応してくれる方には通常通り送る、というような運用をしています。

キャリアならではですが、通常のメールボックスには入らないメッセージRという仕組みで送っているので、開封率やCTR、CV数も比較的高い数字を維持できています。総じてプッシュマーケティングはうまくいっていますね。

それもDMP内でキレイなデータが全部揃っているからこそですね。今までのお話を聞く限り、dマーケット全体としてお客様のロイヤリティベースで考えることが浸透しているように感じますが、そこは長谷川さんを始めとする横串部門が言い続けたからなのでしょうか。

そうですね、まだまだ道半ばですが…。横串部門ではもちろんそのようなマインドセットになっていますが、各サービス部門では、お客様とのコミュニケーションやNPSが大事で、その先に利益があるということを認識している部門もあれば、まだまだ目先の収益にとらわれている部門もあります。

楽天もdマーケットもそうですが、縦串であるサービス部門はどうしても目先にならざるを得ない部分があるので、短期数字を重視する人たちがいるのは一定仕方がないことです。ただ、その状況においても横串部門がいかに正しいことを言い続けられるかどうか、ガバナンスを効かせ続けられるかどうかが重要だと思っています。

まさにNPSの導入に関しても、サービス部門は嫌がるだろうなと思いつつ横串部門で導入を決め、各サービスの調査結果を全体で公開していきました。そうすると、各サービスによってモチベーションは様々ですが、改善するために色々な動きをしてくれるようになります。一見すると強引に進めているようにも見えますが、本来あるべきから考えれば本質的な話ですからね。

思想やマインドを変えるのは並大抵のことでは無いと思うのですが、具体的にどのような取り組みをされたのでしょうか?

私は2018年の7月に今のチームのマネージャーに就任しましたが、その時に「長谷川チームの心得」なるものを作りました。強制するものではないですが、どんなアクションや考え方を推奨するのか、どんなチームにしていきたいのかなどを掲げて、日々メンバーに浸透させていきました。

何故このような取り組みをするに至ったかと言うと、楽天時代、出向社員にも関わらず、研修でみっちり楽天の思想を叩き込まれた経験があり、こういう取り組みをしているからこそ全社でビジョンを共有できているということを身を持って感じたからです。このような思想や心得を言葉にして、継続して言い続けることは組織を強くする上で非常に大事だと思っているので、私のチームでも徹底しています。

ただ、このような施策は自分のチームにおいては上手くいきますが、他部署をはじめとする組織全体を巻き込むためにはやはり“数字”が重要です。短期で数字を追っている人であれば、数字が上がればついてきてくれるので、とにかく数字を上げて成果を出すことが重要ではないでしょうか。

マーケターの育成という観点で意識されていることや具体的に取り組まれていることはあるのでしょうか?

私のチームに配属された際には、ツールの使い方やアクションプランを教えることはもちろんですが、先程の「心得」を一番重要視しています。技やスキルは後からいくらでもついてくるので、“マーケターやビジネスマンとしてどうあるべきか”というようなマインドセットを重要視します。

要は心技体でいう「心」の部分ですね。具体的には、先輩社員が考えていることや、これまで何をしてきたか、どのように成長してきたかをチーム内の座談会で共有したり、“マーケティングとはなにか?”というテーマでディスカッションをしたりしています。

実際にこれらの取組みをすることで社員一人ひとりも変わっています。私のチームのメンバーは全社で見てもかなり優秀だと思いますし、社外を見ても同年代と比べて負けてないと思います。これは、スキル面の成長はもちろんですが、先程お話したマインドセットの部分が非常に活きているのではないかと思います。

ちなみに、今後はどのようなことに注力されていくのでしょうか?

短期的には、先程お話したクロスユースの促進と、ユーザー体験の統合・最適化には力を入れていきたいと思っています。中長期的には、dマーケットでやってきた、各サービスを横串で捉えることの知見をドコモの全社施策に還元するような取り組みに注力していきたいと思っています。

実際にdマーケットでは成果を出すことが出来たので、全社でも実現可能だと思っています。社長もdアカウントを中心に事業ドメインを拡大しようと考えているので、CRMの考え方や、ロイヤルユーザーの定義、クロスユースの促進、全体戦略の描き方など、dマーケットでやってきたことは必ず生きると思います。

ありがとうございます!では最後に長谷川さんにとって“未来のCMOに必要なもの”を教えて下さい!

「お客様視点とビジネス視点のバランスが取れること」だと思います先程もお話した心得の中に、“長谷川流仕事の極意”という項目があり、その項目の一つ目に、「中長期視点の短期数字追い」というものがあります。これは私が楽天とドコモでの経験から学んだ非常に重要な考え方で、この優先順位とバランス感を持った人材がCMOにふさわしいのではないかなと思います。

では、「中長期視点で短期の数字を追う」とはどういうことかというと、短期的に数字が上がる安直な施策は我慢して中長期視点でやるべきことを強く推進しながら、歯を食いしばって目先の数字も達成するというバランス感を持って取り組むことを指します。

テキスト私は数字の達成の仕方に美学があると思っていて、何でもいいから目標を達成するのが偉いのではなく、中長期目線の戦略をぶらすことなく、達成することが正しいと思っています。儲かるけどやらないこと、儲からないけどやること、を決めることが重要です。

さらにもう一つ挙げさせてください。それは、「不言実行よりも有言実行」が重要ということです。高い目標をコミットした上で達成するのが優秀なビジネスマン、マーケター、経営者だと思います。大きなこと言わずにこつこつと取り組んで成果を出して、できたら「ドヤ!」というのが日本人的な美徳なのかもしれないですが、私はそれよりも「これをやります!」と手を挙げて、それをやり切るほうが断然かっこいいと思っています。

高い目標を掲げるとその分負荷がかかりますし、達成できなければ笑い者になってしまいますが、目標を宣言することで同じ志を持つ仲間が集まったり、チームの士気が高まったり、無理だと思っていたその目標を達成することによってメンバーも成長します。ポータルMAU1,000万も、メンバーにはクレイジーだと言われましたが、やりきることによってチームとして大きく成長できたと思いますし、チームのプレゼンスを上げることができました。

この2つは常に私の行動原則になっていますね。

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弊社が提供している マーケティングツール『b→dash』 は、マーケティングプロセス上に 存在する全てのビジネスデータを、ノーコードで、一元的に取得・統合・活用・分析することが可能なSaaS型データマーケティングプラットフォームであり、BtoC業界を中心に、様々な業種・業態のお客様にご導入頂いております。

Editor Profile

  • 福井 和典

    株式会社データX マーケティング管掌執行役員

    日本IBMにてシステムエンジニア、GREEにてCRM領域のオペレーション企画、PwCでの業務コンサルタントとしての経験を経て、2016年よりデータXに入社。データX入社後は、カスタマーサクセス部門に在籍し、小売/金融/アパレル/ECなど幅広い業種に対するb→dash導入支援を統括。
    その後は、主にb→dashのマーケティング/広報/PR活動や事業企画に従事。

Speaker Profile

  • 長谷川 誠

    NTTドコモ

    コンシューマビジネス推進部 サービス戦略 サービス戦略担当課長 シニアプロフェッショナル

    入社以来、一貫してモバイルサービスに従事。テレビ電話、iチャネルを経て、2008年に楽天に出向し、オークション事業の黒字化を達成。2011年にドコモ復帰後、スマホ版dマーケットの立ち上げに関わり、音楽配信事業、電子書籍事業を経験。2012年以降、Eコマース経験をいかし、dショッピング、d fashionを立ち上げ、dマーケットのコマース領域進出を果たす。2014年からはdマーケット全体のマーケティングを担当し、ゲーミフィケーション、DMP、CRM、マーケティングオートメーション等を実現。2018年のマネージャー就任後、半年間でMAUを400万成長させ、1000万MAUを達成。現在21ストアを提供するdマーケットのマーケティングリーダーとして成長を促進すると共に、ドコモのシニア・プロフェッショナル制度の認定を受け、デジタルマーケティングのスペシャリストとしてドコモのデジタルシフトを牽引している。

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