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着目すべきKPIとは

 ヒースロー空港は、顧客の認識ができる駐車場ゲートやジオフェンスを導入する前からパーソナライゼーションの価値を理解していました。

 しかしパーソナライゼーションばかりに集中して利益を出せなければ空港として存続していくことはできません。ヒースロー空港の課題は、全てのお客様に満足してもらえる顧客体験と、小売りの売上の両方をどのようにして最大化するかということでした。

 そこで、担当チームはどのKPIに注力すべきかについて考えました。基本的な顧客体験のカスタマイズでさえ、大量の顧客をセグメントし、マーケターと顧客両方のメリットを最大化できる可能性が最も高いKPIにフォーカスを当てる必要があります。

 しかし、7,600万人もの顧客となると興味関心や習慣が多岐にわたっているため、これは簡単なことではありません。

 ヒースロー空港はKPIの候補となるものを全て挙げ、その上で売り手と買い手両方の利益を最大化するためには、その中でも次の3つのKPIが有効という結論に至りました。それは、平均取引額、一回の来訪当たりの消費額、ビジネスカテゴリーをまたいだ消費額(cross-category spend)の3つです。

 これらのKPIには、実際に顧客がどれだけ買い物しているのかが反映されます。顧客全員に趣味嗜好があるのと同時に、それぞれに予算があります。これらのKPIに着目することで、その顧客の予算や趣味嗜好までを捉えることができます。消費額を増やすことだけにフォーカスを当てていては、視野が狭まり、ありきたりな顧客体験しか提供することができません。

 そうではなく、視野を広げて、この3つのKPIにフォーカスすることにより、顧客に何を提案すれば刺さるのかを考えることができます。それに基づいてメッセージやコンテンツを作成することにより、一人ひとりの顧客にカスタマイズした対応をすることができ、かつ小売りの売上も伸ばすことができるのです。

 一つの例として、腕時計が好きで定期的に空港を利用しているお客様を挙げてみましょう。彼女は直近、ヒースロー空港で腕時計を購入しています。この情報を基にすれば彼女はすぐには腕時計を購入しないという推測ができます。しかし、腕時計は購入しないかもしれませんが、フライト前にプレミアムラウンジでシャンパンを飲むといったように、別の形でお金を使う可能性はあるかもしれません。

 彼女はすでに腕時計ブランドというカテゴリーにおいてはビックスペンダー(高額の買い物をする人)と認識されているので、システムはクロスセルを勧める優先度の高い顧客と判断して、今までとは違うカテゴリーの中から、今までの消費額に見合った額の商品やサービスの提案を彼女用にカスタマイズして配信します。これによって、売り手側としてはより多くのお金を使ってもらうだけではなく、より多くのカテゴリーのショップに足を運んでもらえるという大きなインセンティブを得ることができます。そして買い手側としては提案されたものによる価値を受け取るだけではなく、「このターミナルにFortnum&Masonがあるんだ!しかも中にはシャンパンバーもある!」といった新たな発見をすることができるのです。

 一方で、頻繁にハイストリート系の服を購入するお客様に対しては、お気に入りのアウトレットやバーバリーの季節限定コレクションなどの情報を配信します。他にも、空港利用の際にサンドイッチとコーヒーをカフェで注文しただけの非会員のお客様に、年に3回訪れると20%オフになるレストランのクーポン券を送るようなことも可能です。

 ヒースロー空港は全てのお客様が空港での時間に満足して頂いてからフライトに臨んでほしいと考えています。お客様に最高の顧客体験をしてもらい、理想を言えばショッピングをしていただく。これが売り手と買い手の関係をwin-winにする方法なのです。

データに起因した文化変革

 このようにデータとテクノロジーをうまく活用することで、もう一つ別の効果が生まれます。それは内部の業務に与える影響です。

 マーケティングとブランディング担当のチームは当初から、シングル・カスタマー・ビューにアクセスして潜在的な顧客層を抽出し、それぞれに対してカスタマイズされたメッセージを配信することの価値を明確に訴えてきました。しかし、このような取り組みを行う以前、ヒースロー空港では各事業ユニットごとの取り組みが独立しており、ユニット間でコミュニケーションを取り合うことはありませんでした。

 しかし、データベースを統合することによって、全ユニットが同じデータベースを使用するようになりました。彼らの顧客は、売上を上げるための対象ではなく、それぞれに嗜好性があり、それぞれに意思がある人間です。同じデータベースを使用することで共通認識が取れたことにより、ユニット間のコミュニケーションは雑務ではなく、空港全体の戦略として非常に重要なものになっていきました。

 今では、ヒースロー空港内の代理店や広告主でさえ顧客データにアクセスするようになっています。そうすることで彼らは、自分たちにとって最適なセグメントを把握し、そのセグメントに対してどうアプローチするのが最適なのかを考えることができます。これは全て、オンラインデータだけでなくオフラインデータも取得出来るようになったからです。

 それを可能にしているのがまさにシングル・カスタマー・ビューなのです。

オープンガーデンの哲学

 これまで紹介してきたテクノロジーや、それによって実現した顧客体験、組織文化のシフトは、ヒースロー空港の変容全体からみればまだほんの一部です。

 担当チームはオムニチャネルを実現するにあたり、自社のマーケティングスタックやマーケティングプロセス、必要な性能・機能を設計してきました。これらは様々なケースに対して柔軟に対応できるように設計されています。

オープンガーデンとは?

 オープンガーデンとは、ヒースロー空港のデータやテクノロジーに対する考え方を指します。

1.データとテクノロジーを正しく用いることで、顧客と事業主の双方に価値を提供できる。

2.特定のテクノロジーやチャネルに依存しない。

3.マーケティングテクノロジーは機能ごとに細分化し、機能を全て使用するだけでなく、部分的にも使用できるようにする。また、ソフトウェアも標準的なAPIを活用する。これにより代理店や広告主にとっての参入障壁を最小限に抑える。

4.ヒースロー空港がファーストパーティデータ、セカンドパーティデータ、サードパーティデータをプールしておき、プライバシー規定に準拠した方法で管理する。それにより、顧客の行動を完全に把握し、最適な顧客体験を実現するために、そのデータ各所に提供する。

プライバシー規定に準拠し、将来性を見据えて、モジュールを組み合わせてシングル・カスタマー・ビューを作成することがオープンガーデンの哲学である。

 オープンガーデンの考え方に則り、データとテクノロジーを正しく活用することで、顧客一人ひとりに最適化された顧客体験を提供することができます。
 オープンガーデンを実現させるには、次の6つのポイントを抑える必要があります。

1.顧客を一人一人識別するための方法を確立すること。それにより、顧客との関係性を最大化できる正しいデータを得ることができる

2.ファーストパーティ、セカンドパーティ、サードパーティデータを通して、顧客について深く理解をすること

3.顧客と複数の接点を持てるように、広告主やプラットフォームとつながりを持っておくこと

4.継続的にマーケティング施策の効果を計測し改善するために、効果測定・施策改善のサイクルをつくること

5.プライバシー規定を遵守することにより信頼を築くこと

6.データから得られる価値を最大化し、リスクを最小化するように管理すること

 オープンガーデンの哲学により、高いレベルで各顧客にカスタマイズされた施策を実現することができます。代理店や広告主は、どのセグメントに対してどのようなコミュニケーションをとればいいかを把握するための有効な情報をが手に入れることができます。

オープンガーデンの効果

 オープンガーデンアプローチの価値をより理解するために、Heathrow Rewardsについて考えてみましょう。Heathrow Rewardsは最も成功した世界最大のメンバーズクラブです。

 実は、このメンバーズクラブに参加しているのはまだ全顧客のうちの3.3%にすぎません。Heathrow Rewardsの情報のみでは、一部の限られた顧客に対してしかカスタマイズされた提案や顧客体験を提供できません。

 しかし、オープンガーデンの考え方を適用することで、残りの96.7%の顧客に対してもより深い理解とコミュニケーションを実現することができます。

 結果として、ヒースロー空港は空港内の各事業において非会員のロイヤリティを実現すると同時に、適切な瞬間に適切な提案をすることでこの空港をもう一度使いたいと思わせ、Heathrow Rewardsの会員を増やすこともできているのです。

 Heathrow Rewardsの会員であろうとなかろうと、ヒースロー空港を訪れれば印象に残る顧客体験をすることができるでしょう。

結論:ヒースロー空港の事例から学ぶべきこと

ヒースロー空港の事例から学ぶべきこと

 ヒースロー空港のオペレーションはとても大規模です。

 この規模に関わらず、月に一度ニュースレターを配信するだけのオペレーションから、毎年何百万人もの人々に対して本格的なパーソナライゼーションを実現するまでに変革したという事実は、驚くべき事実です。

 何度もお伝えしていますが、この変革のベースとなっているのは、どの事業ユニットの顧客であるかに関わらず、すべての顧客のデータを統合し、1つのデータベースに集めたことです。これにより、ヒースロー空港は顧客との関わりを大きく変えることに成功しました。

 これまでは、膨大な顧客と事業が複雑に絡み合った状態を全く統制できていませんでした。しかし今では、オープンガーデンの考えによって、年間7,600万人もの顧客と、1,227ヘクタールもの土地に広がる多くの事業が複雑に絡み合っている状況をうまく利用して、アドバンテージに変えることができています。会員か非会員かに関わらず、全ての顧客に対して最適な顧客体験を提供すると同時に、各事業間の協力体制を整えることができているのです。

 ヒースロー空港はオープンガーデンの哲学を、マーケターだけではなく航空会社や他のパートナー企業、フロントのスタッフですら知っておくべきと考え、教育しています。

 一番大切なのは、顧客一人ひとりのニーズに合わせて、ベストなコンテンツをベストなタイミングで、より多くの顧客に届けることなので、マーケターだけが理解していてもヒースロー空港の理想とする姿にはなれないのです。

 このヒースロー空港の事例は、大量の顧客データと最新のテクノロジーがビジネスサイドと旅行者の顧客体験の両方に大きな変化をもたらすことを証明しています。

 顧客一人ひとりに対してオススメのショップ、オススメの空港での過ごし方などの様々な情報が配信される以前は、ゲートまでの最短経路と飛行機の出発時刻さえ知っていれば十分でした。しかし、顧客一人ひとりに対して最適なコミュニケーションを取ることによってニーズを引き出し、顧客の満足度を大幅に高めることに成功しました。ヒースロー空港は自社の哲学を貫き通すことにより、”顧客とともに”マーケティングをし、そして”顧客のために”マーケティングをしています。それが顧客のYesを引き出せる理由になっているのです。

まとめ

 いかがでしたでしょうか?

 データとテクノロジーを用いることで、今まで画一的だった顧客とのコミュニケーションも、各顧客の趣味・嗜好に合わせて提供することが可能になります。これによって今までとは比べ物にならないくらい顧客の満足度を高めることが可能になります。

 データマーケティングを実現するためには、”データ”はもちろん重要ですが、それを管理・分析し、施策を実施する”ツール”や”システム”も非常に重要な要素になってきます。

興味のある方はぜひ調べてみてください。

【参考】データをマーケティングに利用するなら
マーケティングオートメーション(MA)とは何か

弊社が提供している マーケティングツール『b→dash』 は、マーケティングプロセス上に 存在する全てのビジネスデータを、ノーコードで、一元的に取得・統合・活用・分析することが可能なSaaS型データマーケティングプラットフォームであり、BtoC業界を中心に、様々な業種・業態のお客様にご導入頂いております。

Editor Profile

  • 福井 和典

    株式会社データX マーケティング管掌執行役員

    日本IBMにてシステムエンジニア、GREEにてCRM領域のオペレーション企画、PwCでの業務コンサルタントとしての経験を経て、2016年よりデータXに入社。データX入社後は、カスタマーサクセス部門に在籍し、小売/金融/アパレル/ECなど幅広い業種に対するb→dash導入支援を統括。
    その後は、主にb→dashのマーケティング/広報/PR活動や事業企画に従事。

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