2018年3月にスタートした定期開催のデータマーケティングスクール、「b→academy」。9月26日、東京・五反田にて第4回目の講義が開催され約85名のマーケティングリーダーが集まった。今回のb→academyでは、P&Gやロート製薬ではマーケティング責任者、そしてロクシタンでは代表取締役社長として実践してきたマーケティングのノウハウとデジタルを組み合わせることで、スマートニュースの急成長を牽引した立役者、スマートニュース株式会社 シニア・ヴァイス・プレジデント/執行役員 マーケティング担当 西口一希氏にご登壇頂いた。モデレーターとして、オイシックス・ラ・大地株式会社のCMT(チーフマーケティングテクノロジスト)兼 株式会社フロムスクラッチCIO(チーフイノベーションオフィサー)の西井 敏恭が登壇し、2017年以降有名タレントを起用したCMや、クーポンチャンネルローンチなどの新施策で急成長を遂げた同社の戦略について伺った。
顧客の「行動指標」だけでなく
「心理指標」の重要性を再認識
セッションは2017年、西口氏が同社へ入社時に気付いた「顧客心理」に迫ることの重要性を紐解くところから始まった。西口氏がまず目をつけた課題は、デジタル上で取得できる行動指標は見ていても、その奥にある顧客心理までマーケターが迫れていない点だと言う。どういうことか?
効果の高いTV広告を見極める分析観点
続いて西井氏はTVCMの効果測定方法について言及した。様々なTVCMを展開している同社では、どのようなKPI指標を用いながらTV広告の効果を図ってきたのか、という質問に対し、TV広告に関しては効果計測の方法は色々あるが、基本的にはCPI(Cost Per Install)を確認していると西口氏は答える。
「オンエアの瞬間から3分~5分時点でのダウンロード数を計算すると大体のCPIが分かる。新規のTVCMを放映した後1ヶ月間、TVに流れた瞬間にその数字を見続けるのは、精神的にやられる。新規のCMを放映する前夜は眠れないから寝ない」と西口氏は地道な効果測定の過程を振り返る。
その他、GRPの投下量、月ごとの変化量、さらにはアプリインストールと相関があるというGoogle Trendsのデータも活用しながら広告効果を計測し、番組別、時間帯別、キー局別、地域別、週別、時間別にその効果を分析しているという。最初はなかなかCPIが下がらないが、面、地域、クリエイティブを変えて、メディアとクリエイティブミックスの勝ちパターンを探したそうだ。
また、他社の場合はYouTubeで動画広告を試してから、全国でTVCMの放送を行っていたりもするそうだが、YouTubeで出る傾向とTVの傾向値が違ったりもするので注意が必要と付け加えた。
TV広告の効果分析で見えてきた2つのポイント
このようにTV広告の効果分析を行っていく中で2つのことが見えてきたと言う。
1点目は、ダウンロード数は視聴率と比例するとは限らず、“視聴率の良いところに流しても、ダメなものはダメ”ということ。2点目は、同業他社サービスが先にカテゴリー認知を獲得してしまっている場合には、後追いで同じカテゴリー名称で訴求した広告施策で認知獲得を狙っても広告効果は上がらないことが明らかになったそうだ。その施策により、たとえGoogle Trendsの結果が上昇しても、広告効果は最も認知のあるサービスに吸収されてしまう。また、既にブランド認知がある人にオンライン広告を表示させた場合と、まだブランド認知がない人にそれを表示させた場合で、コスト効率が断然異なり後者はダウンロードまで至らせるのに、前者に比べてコストが多くかかる。入社当初「他社と比較して広告投下量は変わらないのに、なぜ成果が出ないのか?PR力が足りないのでは?」と問われたこともあったそうだが、数々の分析を重ねたところ、他社と比較して同社の認知が足りていないということが明らかとなり、“認知の獲得”が急務の課題だったと西口氏は語る。
「ニュースアプリ」のカテゴリー訴求ができない中で何を訴求するか?
スマートニュースの事例においても、既に他社が「ニュースアプリ」としての認知を確立している状況であったが、では一体どのような訴求をすればスマートニュースの認知を獲得できるのか?あらゆるコンセプトテストを実施した西口氏はスマートニュースの認知拡大に貢献した施策の誕生の過程について解説した。
TVCM『朝一分のニュースが人生を変える』シリーズ
西口いろいろなパターンの訴求を考えた結果、一番主軸に考えたのは『朝一分で人生が変わる』という大テーマでした。そのテーマの中で、ベッドの中、バスの中で、化粧しながら、お昼に、英語でチェックできるといった、ユーザーベネフィットと独自性を訴求する複数パターンのクリエイティブを作成しました。
昨年から放映された吉岡里帆を起用した同シリーズの中で最も効果が高かったのは「英語でニュースを読める」ことを訴求したクリエイティブだそうだ。当時、英語のニュースをそのまま読めるメディアは誰もやっていなかった。会場では、実際のTVCMを見ながら、各クリエイティブの訴求ポイントについて解説が行われた。テストで7通りのクリエイティブを作りオンラインで次々と流し、その後、TVの場合はどうなるか地方局での放送で検証したという。
TVCM参考:https://www.youtube.com/watch?v=vkXCqkOM69Q
クーポンチャンネル施策の誕生秘話
次に2018年3月から追加され、お笑い芸人の千鳥を起用したTVCMで一気に認知を獲得したクーポンチャンネルの施策に話題は移った。「なぜクーポンという発想に至ったのか?」という西井氏の問いに対する西口氏の回答からは「ニュース」というサービスの本質を追求する同氏の姿勢が明らかになった。
西口クーポンという発想に至ったのは、ニュースアプリがどうなり得るのかを考えていた結果でした。スマートニュースのミッション『良質な情報を世界中の人に届ける』というところから、果たして“良質な情報”って何だろう、それはニュースなのか?といった疑問を持ったことが始まりでした。これは最初にオファーをもらったときからずっと考えていました。ユーザーが1日の中でどういう行動をとり、どういう生活をして、何を必要とするのかを考え、どういう情報があれば生活がより簡単になるかということを、朝起きて夜寝るまでの行動から逆算して考える。そうして考えると、自然とクーポンというものが視野に入って来ました。
TVCM参考:https://www.youtube.com/watch?v=4rZY2J0YrQ8
良い広告クリエイティブを作る本質的なポイント
ベネフィットの効果性と独自性が鍵
次々と認知の壁を超えるTVCMを仕掛けてきた西口氏がマーケティング施策を成功に導くポイントについて、クリエイティブ云々ではなく「その商品を使いたくなる」「使わざるを得ない」いわゆるユーザーベネフィットがそもそも何なのかを突き詰めないといけない、と西口氏は強調した。ユーザーベネフィット自体が本当に効くのか、かつその独自性が何なのかを突き詰めること、この一言に尽きるという。「新聞がタダで読める」など、どこかで聞いたことがあるようなベネフィットだけでは他社に負けてしまう。商品そのものの「ユーザーベネフィット」と「独自性」を見つけられていないから、クリエイティブでごまかさなければいけなくなってしまうのだと語った。
クリエイティブのひねり方でなくベネフィットの違いでテスト
西口氏は、1つの広告シリーズにつき7つのクリエイティブパターンを作ってどれが最も効果が高いか検証を実施したそうだ。その際クリエイティブのひねり方でなくベネフィットの違いでクリエイティブを制作し、どの訴求が刺さるのかを純粋に効果検証できるようにすることがポイントだと言う。
吉岡里帆を起用したCMも、クーポンチャンネルをPRする千鳥を起用したCMでも、複数パターンクリエイティブを作るが、基本のフォーマットは変えず、クリエイティブ的なひねりは仕掛けていない。どの訴求が一番強いかを試す、“訴求テスト”に近いそうだ。
その上で、今日のTV広告について、「今はどの広告もクリエイティブ至上過ぎます。実際に、広告が人気なだけで商品の人気を伴わない広告も多く、広告を売るためにクリエイティブを作っている場合も多いと感じています。」と言及した。
自身の反省を含めたアドバイスとして「クリエイティブはひねり過ぎないほうがいい」というポイントを繰り返し、本来は商品のいいところに焦点を当てたクリエイティブを追求すべきだと語った。さらに、販売促進の手法でなくプロダクトのベネフィットが本当に良いかが結局は重要で、マーケターはプロダクトの独自性を見極めることに時間を使って欲しいと主張した。
ベネフィットを生み出すコツ:N1思考
講義の中では、西口氏が繰り返し重要性を説いてきた“ベネフィット”を考える際の方法についても語られた。その一つが、西口氏が過去の経験を通してより重要性を認識したという「N1」起点で考えるということである。
西口特定の具体的な生きている人に対してどのようなベネフィットと独自性を提案したらその人が使ってくれるか買ってくれるか、何を欲しているかを見つけたら勝ちです。例えば、奥様、恋人、お子さんにクリスマスプレゼントは何が良いかと考えたとしたら相当喜ぶものを考えられるはず。しかし、その対象が同僚20人になった途端、対象がぼやっとしてしまいアイディアもぼやけてしまう。さらに世田谷区に住む、35-49歳の女性、家庭持ち、世帯年収800-1200万などとなると、この時点でもう対象にとってのベネフィットを考えられなくなる。しかし多くのマーケターは実際に後者の方法でマーケティングを行っています。この、特定の1人をイメージする“N1起点で考える”というのは、ロート製薬CMO、ロクシタン社長の時代から現スマートニュースでも同じようにやっています。
アプリダウンロードまでの導線はキャズムを意識したチャネル展開
続いて、西口氏はアプリダウンロードまでの導線設計について「キャズム理論」を意識していると説明した。クーポンを使っている人をキャズム理論に当てはめて考えた時に、キャズムを超えるためにどれだけの認知が必要で、アーリーマジョリティ、レイトマジョリティがそれぞれどういう人なのかをメディアから逆算して考えているそうだ。
TVとオンラインだけでは絶対にリーチできない人がまだ多く存在している。デジタルだけでは、ほとんどのレイトマジョリティの人にリーチできない。ここにどうやってリーチするかを考えた時に、新聞、折込みチラシといったアナログ施策が有効だそうだ。実際に、これらのオールドメディアからもダウンロードされていると明かす。これらオールドメディアでのアプローチについては、まだ手探り状態ではあるが、ターゲットがどのような人達かを想定してメディアを割り振り、ペイするところに徐々に充てているのだという。こうした最適化を繰り返すことで、これまでCPIは下がり続けているそうだ。
最後に、西口氏は、スマートニュースでのキャリアが初めてのベンチャー企業での経験で、「入社するまでは自身がやってきたマーケティングが本当に通用するかドキドキだった」と当時を振り返る。しかし、結果的には基本的なマーケティングの考え方はどこでも通用すると分かったと言う。ベンチャーと言うと新しいことをどんどんやると思っていたが、マーケティングやデジタルの常識があった上でのベンチャー。また、根拠のない常識は足かせになるので、どんどん常識は打ち破らなくてはならないと会を締めくくった。
Marketing Leader’s Review
参加者の方に講義に参加したご感想や、今回のインプットのポイントについてお伺いした。
成果に繋がる広告クリエイティブの条件
西口さんと西井さんの友人関係があればこその、「生」で聴く価値の極めて高いセッションでした。おそらく参加者全員にとって、テクニカルな話(アプリインストールとグーグルトレンドは相関があるので見たほうが良い等々)以上に響いたことは、ユーザーベネフィットがあり独自性の高いプロダクト・サービスが最重要で、それがないのに広告クリエイティブ至上主義でこねくり回しても意味がない。また、プロダクトが優れている場合にツイストすると、商品そのものの価値が伝わらないので、広告の受けを狙うのではなく、プロダクトのユーザーベネフィット、独自性を伝えることを追求するべきであるという話でした。それが出来れば新規獲得はもちろん既存ユーザーのアクティブ率アップ、離反率の低減にも繋がり成果を生むという話も非常に説得力がありました。
デジタルマーケティングで陥りがちな“指標の罠”への気付き
リアル(アナログ)→デジタルの順番でマーケティングに関わってきた私としては、西口さんがスマートニュース入社時に目を付けた課題の話が共感できて、かつ目から鱗でした。これまで行動指標は取っていたが、心理指標は取っていなかった。西口さんのように消費材メーカーに携わった経験があれば当然リサーチする(ブランド・製品の)認知率、なぜ買ったのか、好き・嫌い、推奨意向…といったユーザーの顧客心理を見なければいけないという考えがなかったということです。デジマから初めてマーケティングに取り組み始めたBtoC企業が陥りがちなことであり、私には重要な気付きでした。常識にとらわれないというイメージのベンチャーにはデジタルの常識があり、これを1から疑ってかかることが重要なのだと。今回は認知の話を中心にお話しされましたが、来春出版予定というご著書でPreference(使ってみたい)等々心理指標とブランディング、販促活動の見える化といったことを学ばせていただきたいと思います。
(店舗のICT活用研究所 代表、ストリートメディア株式会社 シニアコンサルタント 郡司 昇)
弊社が提供している マーケティングツール『b→dash』 は、マーケティングプロセス上に 存在する全てのビジネスデータを、ノーコードで、一元的に取得・統合・活用・分析することが可能なSaaS型データマーケティングプラットフォームであり、BtoC業界を中心に、様々な業種・業態のお客様にご導入頂いております。
Editor Profile
Event Overview
開催日時 2018年 9月 26日 (水)
女優やお笑い芸人を起用したCM、クーポンチャンネルなどの新施策で、認知の壁を超え、急成長を遂げたスマホニュースアプリ「スマートニュース」。2012年のローンチ以降、その使いやすさを武器に徐々に成長してきましたが、その成長スピードは鈍化していました。2017年に状況を打開するべくジョインした西口氏は、これまでP&G、ロート製薬、ロクシタングループで実践したブランドマーケティングのノウハウとデジタルを組み合わせて急成長を牽引した立役者。同氏が重視するのはN1(特定のユーザーターゲット)を起点にしたアイデア創出と徹底的なPDCAの両軸でした。アプリサービスにおけるCM活用は業界にも知見が少ない中で、クリエイティブの作成、アプリダウンロードまでのCMとデジタルを使った動線設計、CM放映チャンネルごとのPDCAの仕掛けについて解説頂きます。
Speaker Profile
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西口 一希
スマートニュース
シニア・ヴァイス・プレジデント
執行役員 マーケティング担当
1990年新卒で入社したP&Gジャパン株式会社にてマーケティングディレクターとして「パンパース」「パンテーン」などのブランドマネジメントを担当。その後、ロート製薬株式会社 執行役員マーケティング本部長として、「肌ラボ」「OXY」など40以上のブランドマーケティングを担当。前職はロクシタンジャポン株式会社代表取締役社長、その後、ロクシタングループ社外取締役戦略顧問を務める。2015年より自身のコンサルティング事業会社Strategy Partners代表を兼務しながら、2017年より今度はベンチャーで挑戦したい、という想いで現職に着任。日本と米国のマーケティングを所管。
About b→academy
b→academyは“Innovation・Data・Digital”をテーマに取り上げるマーケター育成のためのスクール。
従来のマーケティングのトピックにテクノロジーの要素を取り入れることで、データマーケティングの集合知を創ることを目指しており、当アカデミーのチェアマンは、オイシックス・ラ・大地株式会社のCMT(チーフマーケティングテクノロジスト)兼 株式会社フロムスクラッチCIO(チーフイノベーションオフィサー)西井敏恭が企画責任者を務める。今後継続的に開催されるこのイベントでは、“データ経営時代”の先頭を走るマーケターを招き、最先端のトピックを取り上げる。
西口デジタルサービスを提供する企業の相談に沢山乗ることがありますが、デジタル上で取得できる行動指標は散々皆さんとっていて、『それで顧客の動きは全て分かるから大丈夫です』と言うんです。しかし、例えばユーザーの20%が離脱したというところまではわかっても、それがなぜなのかという「好き・嫌い」「使ってみたいと思う」というような心理まで迫れていないのです。ABテストを実施していても、結果を出すところで思考がストップしていて、Aのほうが良かった理由までを考えない。行動指標そのものがKPIとなっているので誰もそれ以上考えないのです。しかしそれでは改善思考をしようにも何も出来ません。