前編ではベネッセ清水氏の経歴や、デジタル領域へ注力してきた背景についてお話を伺いました。後編では、同社のOne to Oneマーケティングを支える、リアルとデータから顧客像を浮かびあがらせる”現場・現物・現実主義”について詳しくお話を伺います。
子供向けの商材を扱う場合、ターゲットも子供と親の2軸になってくるかと思います。それぞれどのように意識されていますか?
弊社に限らず一般的な幼児向け教材はだいたい同じだと思いますが、たいていの場合、Webで最初に接触するのは親御様や保護者様です。その場合、何よりも彼ら・彼女らがブランド認知・信頼をもっていただけていることが必要になります。ママ友・パパ友からの評判も重要です。
そのうえで、「子どものためによさそうだ」と確信をもったらそのまま入会される方もいますし、「とはいえ、うちの子に合うのかな?」「興味を示すかな?」と思ってお子様の反応をみてから決める方もいます。では実際にどうやってお子様の反応を確認してもらえる仕組みをつくるのか。その内容まではさすがに明かせませんが、そこは各社様と同様、弊社も非常に重視しています。
親や子供のインサイトはどのように把握しているのでしょうか?
通信教育という業態で、かつWeb部門所属になると、特にお客さまから距離が遠くなりがちなので、私のチームでは徹底的にお客さまに会う努力を重ねています。リアルイベントが開催される際には、お客さまと会えるチャンスなので、Webチームである私も毎回欠かさず参加しています。サイトの数字が伸びないときには電話窓口に個客対応を聞きにいって、オペレーターさんから「最近の傾向としてどんなお客様にどんなトークが刺さるか」「今のお客さんはどんなインサイトなのか」という聞き取りをしてWebサイトを改善する、といったこともやります。
お子様のいるご家庭を定期訪問したり、園に通ったりしている人もいますし、他部署から幼児の部署に異動してきたばかりで、新しいお客様のインサイトがわからなかったので、対象年齢のお子様がいる社員の家に週に何度も何度も通ったというツワモノもいます。調査や分析も大切ですが、“現場・現物・現実”にこだわることで、インサイトのディティールが変わってくるように思います。
それは会社全体として取り組んでいるのでしょうか?
制度としてあるわけではないと思うのですが、文化・風土としてあるように思います。私は中途入社なので、少し客観的に見る部分もあるのですが、“現場・現物・現実”に本当にこだわる社風だな、というのは常に感じますね。
市場として少子化が進み対象人口がシュリンクしていく中では、ひとりひとりとの関わりの“質”を上げていくことが重要になってきます。そのためにはお客様インサイトが必要不可欠です。そういう意味では、この社風は今後強い武器になってくるんじゃないかなと感じています。
YouTubeの「しまじろうチャンネル」には子ども向けの動画が多いように見えますが、親向けの動画もあるんでしょうか?
おかげさまで「しまじろうチャンネル」は47万人以上もの方にチャンネル登録していただいています(2017年8月時点)。人気の動画は数千万単位で視聴されていますし、数百万回再生の動画も数多くあります。国内有数の子ども向けYoutubeチャンネルだと思います。
チャンネル内の動画は、子ども向けのしまじろうのテレビアニメや「Kan & Aki’s CHANNEL」とのタイアップ動画などがあります。また、おうちの方向けには、「こどもちゃれんじ」の教材の使い方やその効果がイメージできるような教材関連動画をご用意しています。子どもに見せたい場合も、おうちの方ご自身が見たい場合も、どちらも楽しめるチャンネルになるように心がけています。
Webサイトは親向けだと思いますが、参考にしているサイト像などあるのでしょうか?
おっしゃるとおり、Webサイトはおうちの方向けですね。とくに20~30代だとスマホが主流です。スマホユーザーにとってUI的に「使いやすい」サイトって何かというと、私は“指の体験”なんじゃないかと思うんですね。指が覚えている動きに合って操作できることを「使いやすい」と感じるんじゃないかと。
YoutubeやZOZOTOWN、食べログ、クックパッドなど、操作方法を指が覚えているぐらい高い頻度で使われているスマホサービスがあるので、それと近しい指の動きでサイトを操作できることは「使いやすさ」において重要だと考えています。
そういった観点だと、ZOZOTOWNや食べログ、クックパッドを見ていると、情報を探す場合にはクリックするのではなく、基本はスクロールするようになっています。お目当てのものがみつかったらクリックさせますが、それまでは指を動かして探す。カルーセルパネルも最近また増えてきています。これも横スクロールなので、指の腹で動かせます。クリックして階層を降りていきながら情報を探す構造は、今はもう使いにくいサイトなんだと思います。
マーケティング領域において注目しているトピックがあれば教えてください。
個人的な興味としては、「フィルターバブル」「解析単位のミクロ化(スマホファースト)」の二つが気になっています。
「フィルターバブル」は米国大統領選挙の際にも話題になりましたが、自分の身にも起こっているので非常に実感があります。私は通勤時にニュースアプリを見ますが、そこはデジタルマーケティングと趣味のサッカー関連のニュースで埋め尽くされています。
FacebookもYoutubeも同様です。世の中がすべてマーケティングとサッカーで構成されているかと思うほどですが、もちろんこれはアルゴリズムが私のために最適化して作ってくれた情報のバブルなので、たとえば異業種の友人や趣味の違う人とは共有されない、閉じたトレンドです。こんな状況で情報を届けるとしたら、それぞれの情報バブルの中に入りこめるよう、クラスタごとに“受け取ってもらえやすい文脈”をつくる必要があるんだと思います。
戦略PR的な視点ですね。
そうですね。 “受け取ってもらえやすい文脈”をつくってフィルターバブルの内側に入りこむ、というPRの側面はいま非常に重要だと感じています。マス的に広く“世の中ごと化”するというより、特定のクラスタのバブルの中に広がる“身内ごと”というイメージです。これまで以上に丁寧な情報設計が必要になると考えています。
ふたつめの「解析単位のミクロ化」について聞かせてください。
これはアクセスログ解析の話で、UIやUXはどんどんスマホファーストになってきていますが、解析についてはパソコンファーストのまま進化が止まっているように思うんです。というのも、ログ解析ツールってたいていの場合、最小の解析単位が「ページ単位」になっていますよね。イベントトラッキングをかませてページ内の行動をとったりもしますけど、基本的にはページ単位でアクションを解析している。
でも、前述のとおり、スマホが主流になってきていて、タブレットも増えています。そしてそれらのデバイスでは、情報を探すときにはクリックじゃなくスクロールで操作します。つまりクリック単位が最小ではないんです。なのに、解析ツールはクリック前提で「ページ単位」の解析で止まっている。それだと不十分というか、そこがもっとミクロに情報がとれるようになったら、解析によるお客様インサイトがさらに進む可能性があると考えています。
実際、自分がスマホやタブレットをみているときに“興味がない情報はスルー(スクロールを加速)”していたり“興味がある動画は横向き(画面の傾き)”にしていたりしますから、それらのアクションを加味するほうが、PV数や閲読時間といったページ単位の情報よりもよっぽど価値があると思います。アメリカではこういったツールがいくつか使われ始めていると聞くので、ぜひどこかでトライしたいと考えています。
解析の話がでましたが、現場の担当者も細かく数字を見ているんでしょうか?
はい、現場はかなり細かく数字をみています。たとえば、年間で入会数の山谷があったとして、お客様の検討期間が必ずしもその起伏と同様かと言うと、そうではないかもしれませんよね。夏に「ちょっとやらせてみようかな」とおうちの方が思ったとしても、いったん見送って、その後に問題がまったく解決しなかった場合に再度検討するかもしれません。そういった仮説があがってきたときには、Webサイトのトラフィックを“初回訪問した月ごと”にセグメントを作って、コホート分析で見ることもあります。
なるほど。現場のデータスキルが求められそうですね。やはりマーケティングを推進するうえでの、共通認識は“現場・現物・現実主義”なのでしょうか?
そうですね。アクセスログもその1行1行がお客さま行動の履歴なので、お客様像が見えるまで見ようとする、という意味では現場主義なんだと思います。お客様を取り巻く環境はものすごいスピードで変わっているので、“現場・現物・現実”というのはどの企業様にとっても重要になってくると思います。
企業によるCookieIDの利用制限が明日には急激に進むかもしれません。そうなると、企業の広告活動のプラットフォームはブラウザからアプリに移るかもしれないですし、そもそも5年後にはスマホに替わってウェアラブルデバイスが主流になるかもしれません。
そう考えるとマーケティングも組織もシステムも「前提が変わる可能性」を意識せざるを得ないので、「変わる兆しをどう掴むか」そしてそれに「いかに迅速に対応するか」を追い求めるマーケティング活動において、お客様の現場を常に把握することは非常に重要だと思います。
とはいえ、スマホシフトが進んでいるから2ステップマーケティングをやめてスマホ向けに広告しか打たないとなってしまえば、他の競合と横並びになってしまいます。お客様は常に変化していますが、本質的な自社の強みは変えず、太い軸を前提として、上積みの部分を柔軟かつクイックに変えていくことが重要なんだと思います。
マーケティングとシステムって、一般的な会社だと部門がバラバラになっているケースが多いですが、ベネッセの場合はどうなのでしょうか?
例にもれず、マーケティング部門と情報システム部門は組織としては分かれています。もちろん部門間連携は進んでいますが、これは同じ部門にあるほうが珍しいように思います。職業柄、デジタルマーケティング関連の社外ネットワークと、ログ解析&マーケティングオートメーション関連の社外ネットワーク両方とお付き合いがありますが、そこが融合している組織は少ないのかなという印象です。
では最後に、清水さんが考える、未来のCMOにとって必要なものを一言でお願いします!
「変わる勇気を持っていることと、実際に変えられる力を持っていること」です。
いま、お客さまや世の中が本当にものすごいスピードで変わっています。それを察知して対応するために、企業には迅速な変革が求められます。でも、社内を変えることは、これまでの経験から本当に難しいことだと感じています。各組織の利害関係やモチベーションの差、文化風土的な反発がこんなにあるものなのかと…。
そんな中で、ただ変わる勇気をもつだけではなく、最終的に変革の完了まで組織全体を動かしていく力があることが、マーケティング部門のトップに立つ方に持っていていただきたい要素だなと、部下視点で思います(笑)
また、変えてはいけない部分を見極めることも同じぐらい大切だと思います。例えばDMで勝ってきた企業を例にとると「うちはDMを軸にしたダイレクトマーケティングで勝ってきたから今後もやり続ける」といった表面的な話ではなく、その会社のコミュニケーションにおける軸は何なのかという根本的な部分を見極める必要があると思います。
“お茶の間に招き入れていただいたうえで、1対1のセールストークがじっくりできる”ことがDMの根本的な価値で、そこは変えてはいけない。でも、それと同じことが実現できるなら、その手段は別にDMじゃなくても、家庭用ロボットでも何でも良いわけです。“ここは変えてはいけない”という部分を見極めながら、変えられる部分を柔軟に変えていくことがこれからの時代に求められると思います。
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清水 耕太郎
ベネッセコーポレーション
チャネル開発部 幼児デジタル推進課
「こどもちゃれんじ」のWeb販売責任者。広告制作会社コピーライター、広告代理店マーケティングプランナーを経て現職。入社以来、ベネッセホールディングス全体Webログ解析環境構築、コーポレートサイトリニューアル、「進研ゼミプラス」Webプロモーション企画等を歴任。