日本航空(JAL)でデータサイエンティストとして活躍するWeb販売部 1to1マーケティンググループの渋谷氏。日経情報ストラテジーの「データサイエンティスト・オブ・ザ・イヤー」にも選出された経験がある人物だ。今同社が進めているのは顧客一人ひとりに求められる情報を提供する究極の1to1マーケティング。これを徹底して科学的に進めるJAL独自のデータ活用戦略について伺った。

まず最初に、渋谷さんのご経歴をお伺いしてもよろしいでしょうか。

大学院で計量地理学を学び、2002年に日本航空(JAL)へ入社しました。入社後、コールセンターでの予約・発券業務を経験した後、旅行会社向けに航空券を販売するBtoBセールスをしていました。

最近はお客さまがインターネットや電話を通じて直接航空会社から航空券を買うのが普通の時代になりましたが、私が入社した当時は、基本的に航空券は旅行会社を通して販売されるものがほとんどでした。“北海道2泊3日カニ食べ放題29,800円”などの広告を新聞で見たことはありませんか?飛行機の航空券単独ではなかなか買ってもらえないので、このようなツアー商品を企画しながら提案営業をしており、これを約5年ほどしていました。その後Web販売部に異動となりました。

BtoBのセールス担当だった私が次はWebで航空券を販売することになり、自分でも驚きましたが、国内線航空券を販売するウェブサイトの企画運営をする業務を担当しました。その後、今から4年半程前に現職の1to1マーケティンググループがWeb販売部の中に新設されました。

1to1マーケティンググループは、どのような経緯で作られたのですか?

Webでの販売をしていると、お客さまが何を求めているのかを常に考え続けているのですが、私がWeb販売部で国内線ページを担当していた時は、お客さまに合わせた施策をほとんど実施できていない状況でした。そのような中お客さまに関するデータを活用して、もう少しお客さまに合わせた1to1の販売の仕方が出来るのではないかと考えていました。

当時のWeb経由の販売は伸びていたのですが、同じやり方を続けていてはいずれ成長が鈍化してしまう。これからは1to1で勝負しなければいけないという危機感を持っていたこともあり、その考えを当時の部長に話しました。当時の部長は「ぜひやろう」と言ってくれました。私が話したことが直接の要因かはわかりませんが、その後1to1マーケティンググループが新設されました。

なるほど、それがJALの1to1マーケティングのスタートだったのですね。1to1マーケティングの業務では具体的にどのようなことをされているのですか?

そもそもWeb販売部自体のミッションはWeb経由での収益最大化です。1to1マーケティンググループはその中で、社内外にあるデータを分析し、それをもとにWebサイト上のレコメンデーション、メールマガジン、Web広告の3つの施策を担っています。

会員向けの主な施策としては、レコメンデーションとメールマガジンを、非会員向けの施策はWeb広告です。Web広告は、もちろん会員の方にも出してはいますが、“ふだんはJALをあまりご利用されない非会員の方にどれだけ買っていただけたか”を指標にしています。

今1to1マーケティングを行っていく中で特に意識されていることはありますか?

“商品オリエンテッドの発想から顧客オリエンテッドの発想へ”ということを意識しています。これはつまり、“会社の都合で商品を売るのではなく、お客さまが本当に欲しいものを売っていこう”という考え方です。このような話は当たり前だと思われるかもしれませんが、なかなか簡単にはできません。

例えば、パリ行きの航空券の売れ行きが伸び悩んでいるときに、航空会社はパリ便を勧めようという考えになりがちです。そうすると、パリに行きそうなお客さまをターゲティングしてメールやバナーをだすのですが、確かに精度は高く、コンバージョン(予約)には繋がります。

しかし、このようなレコメンデーションで対象を決める方法ですと、1つ1つのターゲティングの範囲が狭く、結果収益最大化には繋がりません。また、対象から外れた多くの方には同一のデフォルト設定された施策が表示されてしまいます。

このように対象となった一部の方には特定の施策を、それ以外の方にはデフォルト設定の施策を、という2層構造にはなってはいましたが、ほとんどの方には単一のデフォルト施策のみが表示され、お客さまが求める情報とはかけ離れた状況になっていました。

全てのお客さまに個別のレコメンドを行うことは難しいですよね。JALではどのように解決されているのでしょうか?

今私たちが取り組んでいるのは、お客さまを複数のクラスタに分けてそれに基づいたコミュニケーションを行うことです。そして、このクラスタ分けした層に対する施策を、細かなターゲティングをした層とデフォルトでの施策が表示される層の間に入れることで、より細やかにお客さまにあった施策を展開することが可能になりました。少し難しいので具体例を交えて説明します。

まず、クラスタ分類を始める前、デフォルト施策として頻繁に使っていたのが、新規路線や早く予約することで割引率が大きくなる事前購入型の運賃の周知でした。

先ほどの例ですと、パリ行のターゲティングに合わない方全員にこういった案内が届くわけですが、お客さまによってはマイルをお肉などの商品と交換したいと考えている方もいらっしゃいます。飛行機にあまりお乗りにならない方に、事前購入型の割引運賃や新規路線の就航といった案内をしてもあまり意味がありません。

現在、クラスタ分けを行ってからは、2層目のコミュニケーションとして、上位クラスにご搭乗が多いクラスタのお客さまにはラウンジやファーストクラスのご案内を、マイルをためて特典航空券などに交換されるクラスタのお客さまには“どこかにマイル”というようなマイルをお得に使えるようなご案内を差し上げるようにしています。こうすることで全体の反応率が大きく改善します。

さらにチャレンジされていることはありますか?

最近はクラスタごとに、同内容の案内であっても、クリエイティブを変えることで反応率を向上することができると考えています。例えば、同じ事前購入型の割引運賃のバナーでもクラスタによって違うクリエイティブがあるのではないかということに、関心を持っています。

もっと簡単に言うと例えば男性、女性で異なるクリエイティブのほうが反応率がいいのではないか、ということです。それを出来る限り科学的に実施したいと考えています。今、クリエイティブに何か法則があるかどうかを調べているところです。

以前Facebook広告で、同じ期間に同じ内容で、異なるクリエイティブの事前購入型割引運賃のバナーを4つ出したことがありました。その際、写真だけを変えてみたのですが、クリック率が2倍ほど違いました。この要因がどこにあるのか、科学的に分析するというのが次のテーマになっています。

最後に1to1マーケティングにおける最終的なゴールを教えてください。

今、約3,000万人の会員の方がいらっしゃいますが、全てのお客さまに違ったコンテンツを提供することが最終的な目標ですね。さらに、それらをリアルタイムに行いたいと思っています。いわば究極の1to1です。しかし達成への道のりは簡単ではありません。まだ手作業での業務が多いため、データを取り込んで対象ごとへ施策を展開するためにタイムラグが生じています。この状況を改善するために、新たなテクノロジーを導入しなければいけないと考えています。

弊社が提供している マーケティングツール『b→dash』 は、マーケティングプロセス上に 存在する全てのビジネスデータを、ノーコードで、一元的に取得・統合・活用・分析することが可能なSaaS型データマーケティングプラットフォームであり、BtoC業界を中心に、様々な業種・業態のお客様にご導入頂いております。

Editor Profile

  • 福井 和典

    株式会社データX マーケティング管掌執行役員

    日本IBMにてシステムエンジニア、GREEにてCRM領域のオペレーション企画、PwCでの業務コンサルタントとしての経験を経て、2016年よりデータXに入社。データX入社後は、カスタマーサクセス部門に在籍し、小売/金融/アパレル/ECなど幅広い業種に対するb→dash導入支援を統括。
    その後は、主にb→dashのマーケティング/広報/PR活動や事業企画に従事。

Speaker Profile

  • 渋谷 直正

    日本航空

    Web販売部 1to1マーケティンググループ アシスタントマネージャー

    2002年に日本航空(JAL)に入社し、2009年Web販売部に異動。月間2億ページビューに上るJALホームページのログ解析や顧客情報分析を担当。航空券などのレコメンド施策の立案・企画・実施に当たる。顧客の閲覧傾向に応じてお薦めするコンテンツを使い分け、購入率をアップするなどの成果を上げている。2014年、日経情報ストラテジー誌による「データサイエンティスト・オブ・ザ・イヤー」受賞。

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