P&G(プロクター・アンド・ギャンブル)や外資系コンサルティングファームでキャリアを積み、数々の実績を残してきた足立光氏。業績が窮地に陥り、2期連続の赤字が続いていた日本マクドナルドに、CMO(チーフ・マーケティング・オフィサー)として2015年に入社し、2016年、2017年と急速に業績を回復させ、過去最高レベルの店舗あたり売上高や、上場来最高額の黒字化を実現。最近マクドナルドを退社し、今後の去就に注目が集まっている。今回は、主にマクドナルド在籍時にどのような取り組みをしていたのか、その真相を探るべく、足立氏にお話を伺った。

まずは、足立さんのこれまでのご経歴について簡単に教えてください。

ファーストキャリアではP&Gに入社しました。P&Gでは日本でも数少ない部門別採用なので、在籍して8年間ずっとマーケティングの部署に務めていました。日本で6年、海外に2年いて、その後はブーズ・アレン・ハミルトン、ローランド・ベルガーとコンサルティングファームで2社勤めました。

コンサルティング時代は主に化粧品や食品、文具等の消費財業界のプロジェクトに携わりましたが、それ以外にもSIerや電機、自動車、通販、エネルギーなど、幅広い業種・業界の経営戦略、営業戦略、マーケティング戦略などに携わりましたね。そして、その後はヘンケルというドイツの化学・消費財メーカーの会社に移り、日本のコスメティック(リテール)事業であるシュワルツコフヘンケルの責任者(代表取締役)として立て直しを行い、3年後には同じヘンケルグループの業務用コスメティック事業であるシュワルツコフ・プロフェッショナルの責任者を兼任し、さらにその4年後にはヘンケルのコスメティック事業(リテール+業務用)北東・東南アジア統括をしました。

その後、アパレルのワールドで執行役員国際本部本部長を務め、海外事業などに携わり、3年前にマクドナルドに入社しました。なので、実は同じ業界で働いた事はほとんどありません。マーケティングに直接携わっていたのも、P&Gとマクドナルドだけなんです。

外資系メーカーや戦略系コンサルティングファーム等、これまで色々なお仕事を経験されていますが、何か共通しているものはあるのでしょうか?

ほぼ全ての仕事に共通していることは大きく3つあります。
まず、1つ目はB2C(消費者向け)中心の会社のマーケティングに関わる仕事であることです。マーケティングとは、「どんなお客様に、どんな価値を提供して、どういう風にビジネスを伸ばすかを考えること」です。それが決まらないと、どんな組織体制やどんなインフラを作ればいいのかが決まらないので、私は経営戦略の前にマーケティング戦略があるべきだと思っています。それほど企業活動にマーケティングは重要、ということです。

2つ目は、どの会社も人材育成に力を入れている点です。P&Gの場合は極端ですが、どれだけビジネスが良くても100点中50点しか取れず、残りの50点は部下の育成や組織への貢献によります。つまり、一生懸命組織を作って一生懸命部下を育てないと良い点が取れない。コンサルティング会社でも、ヘンケルでも、マクドナルドでも、組織作りへの貢献はとても重視されていました。そういう意味では、組織作りに対する情熱は、グローバルな会社の共通点だと感じています。

3つ目は、意思決定のスピードが速いことです。ダメなものはダメ、良いものは良い。明確にYESかNOかがはっきりしていて、その場その場で決めていくので、非常にスピード感があります。日本企業は問題があったら“一旦置いておく”というオプションがあるんですが、欧米の会社はスピード感を持ってどんどん進められたので、良くも悪くもすぐに結果が出て、非常にエキサイティングでしたね。

これまでの経験を振り返って思うことは、“全体感を早く掴む”ことの重要性です。P&Gでのブランドマネージャー時代は、ブランドに関わるP/Lの責任を全部持っていました。そして、P/Lに追加してキャッシュフローや人事等がスコープに入ればそれはもう社長です。私の場合、シュワルツコフヘンケルの日本法人の代表取締役として、35歳でこれらの幅広い経験が出来たことがとても良かったと思っています。

また、どの会社もグローバルでずっと戦ってきた会社なので、グローバルである程度通用するやり方を学べたことは非常に大きかったと思いますね。

先ほど、マーケティングに直接関わったのはP&Gとマクドナルドの2社だけだと仰っていましたが、マーケティングにおいてはその2社ではどのような違いがあるのでしょうか。

大きく2つ違いがありまして、まず1つ目はターゲットの考え方です。P&Gは一つ一つのブランドによって、それぞれこういう人に使ってほしいという明確なターゲットがあります。例えば、お子さんがいらしゃる方しか子供用の紙おむつは使わないので、パンパースはお子さんがいらっしゃるか方にしか訴求しなくていいですよね。なので、それぞれのブランドでいかにそれぞれのターゲットに対して効率的にリーチするかを考えます。一方で、マクドナルドのターゲットは国民全員です。いかに幅広く、高速でリーチできるかを考える必要があります。

2つ目は、お客様様とのコミュニケーションの方法です。P&Gはブランド制なので各々のブランドのコミュニケーションを最適化すればいいですが、一方マクドナルドの場合は「マクドナルド」という一つのブランドなので、色々なキャンペーンを通して、なんとなくマクドナルドに行ってもいいかも”、という全体感を作ることが大切です。この2点が大きく異なりますね。

足立さんがCMOに就任してから最初に着手されたことは何だったのでしょうか。

最初の一ヶ月間は店舗研修でした。正直、一ヶ月で現場を全て知ることはできないと思いますが、現場を経験することで、ある程度全体感が掴めるのと、現場で築く事ができる人間関係がとても重要だと思います。要は本音を聞き出せる関係性の構築ですね。これは飲食でもアパレルでも一緒なのかもしれませんが、本社からのプランがどこでどういう風に実行されていて、現場の人はどう思っているのかっていう話がよくわかるわけです。何かあったら、店舗の方に直接連絡ができる関係性ができたのは非常によかったと思います。

店舗研修が終わった後はどのようなプロセスで戦略を考えたのでしょうか?

戦略(何をして、何をしないか)を決める必要があったので、仮説をある程度考えたうえで色んな方とお会いしたり、データを見ながら、仮説を検証していきました。この「まず、解決法の仮説を立てる」というのは、コンサル時代もよくやっていたので、特に難しくはありませんでした。重要なポイントはそこ(仮説を作り、検証すること)にあまり時間をかけなかったことです。僕の場合は入社して半年〜1年という比較的短期間で結果を出す必要があり、悠長に「戦略立案」とか言ってられなかったので、ある程度正しそうな仮説は、どんどん実行に移していきました。

その時に足立さんに課せられたミッションは何だったのでしょうか?

ミッションは売上と客数を増加させることです。売上=客数×単価で表すことができます。私のメインのミッションは客数でしたが、客数だけでなく単価も上げようと思っていました。なぜなら、客数は増加させるのに時間がかかるんですよね。一方で、単価については、今のお客様を中心にしてきちんとやれば、比較的短期間で上げることが出来ます。

マクドナルドでは、まず(低価格を訴求して)客数を増やしてから、その増えたお客様に高付加価値の商品を販売して単価をあげればいいという考え方が「定石」として信じられていましたが、それは私は間違っていると考えました。実際、安い商品を目的に来店して頂いたお客様が、より高いものを買ってくれるとは限りませんからね。また、とにかく短期間で成果を出す必要があったので、全て同時並行で進めていました。

2016年以降の日本マクドナルドのV字回復はよく話題になりますが、振り返ってみて何がポイントだったのでしょうか。

実施したこととしては大きく3つあります。

まず1つ目は皆さんが好きだったマクドナルドに戻すこと”です。その中でもやったことは大きく3つあります。

1つ目は、背徳感”のあるガッツリした美味しさに思いっきり振ったことです。それまでは、ベジタブルチキンバーガーとかフレッシュバーガーとか野菜がいっぱい入っているものも出していましたが、私は入社前から、あまりに健康を意識した製品はマクドナルドらしくない”と思っていました。そもそも、ガチで健康になりたかったら、マクドナルドに来ないですよね(笑)。もちろん、マクドナルドで食べても全く不健康ではありません。僕も約3年間、ほぼ毎日マクドナルド食べてましたが、とても健康ですしね。

結局、お客様がマクドナルドに求めているものを考えたら、「ガッツリとした美味しさ」だということに気づいたんです。「食べちゃったけど、美味しいからいっか!」みたいな背徳感”。

2つ目は、レギュラー品”に注力したことです。売上を安定的に増加させるには、実はレギュラー品がとても重要です。そもそも期間限定品って毎月あるのですが、期間限定品がヒットして今月の売上が良かったとしても、来月はまた新しい期間限定品が出ますから、来月も売上が良い保証は全くありません。究極の自転車操業なんです。
また、期間限定品は売上の3割くらいしかないんです。なので、頑張って期間限定品の売上を20%アップしたとしても、全体の売上は6%しか上がりません。この規模では、「V字回復」するための売上には全然足りない。また、期間限定品は基本的に日本で開発・調達しているので、当たり前ですがグローバルで調達しているレギュラー品の方が収益性が高いんです。

なので、収益性を向上させるには、レギュラー品が売れなければならなかったというわけです。さらに、コアなマクドナルドのファンの方ほど、実は期間限定品は食べないんですよね。「俺はビッグマックしか食べない」とか「フィレオフィッシュしか食べない」という感じで、ファンの方が好きなのはレギュラー品なんですよ。なので、レギュラー品をプロモーションする必要があると思い、最近は特にレギュラー品に注力しています。今年も半年終わりましたがプロモーションの1/3ぐらいは、実は期間限定品ではなく、レギュラー品のキャンペーンになっているはずです。

3つ目が、「マクドナルドは楽しい・面白い」というブランド訴求です。一部の方は覚えてらっしゃるかもしれませんが、昔のテレビCMに「味なことやるマクドナルド」というコピーがあったんです。つまり、マクドナルドは、ちょっとお茶目で、ちょっと楽しい・面白いことをするようなブランドだったんですよね。

実際、社内でも「マクドナルドの価値の一つはFUN PLACE TO GO”」だと言われていました。ところが、いろいろな事件があったせいなのかもしれませんが、数年前は「楽しい・お茶目」みたいなキャンペーンは全くやらなくなっていました。なので、「マクドナルドに行けば何か楽しいことがある」と感じていただけるように、本来のマクドナルドの「遊び心」を全面に押し出そうとしました。

何が言いたいかというと、新しいマクドナルドを作るのではなく、みんなが好きだったマクドナルドに戻すこと”が重要だったのです。だって、実際に昔は売れていたわけですから。日本のほとんどの方は、人生で1回はマクドナルドに来たことがあって、6〜7割くらいの方は過去6ヶ月に1回はご利用して頂いています。みなさま、マクドナルドには何らかの楽しい思い出をお持ちです。

なのに、当時は「何となく、マクドナルドに行くのは格好悪い」という「空気感」になっていました。なので、「みんなが好きなマクドナルド」に戻すことが、業績を回復させるための最も効果的かつ効率的な方法だと考えたわけです

 

弊社が提供している マーケティングツール『b→dash』 は、マーケティングプロセス上に 存在する全てのビジネスデータを、ノーコードで、一元的に取得・統合・活用・分析することが可能なSaaS型データマーケティングプラットフォームであり、BtoC業界を中心に、様々な業種・業態のお客様にご導入頂いております。

Editor Profile

  • 福井 和典

    株式会社データX マーケティング管掌執行役員

    日本IBMにてシステムエンジニア、GREEにてCRM領域のオペレーション企画、PwCでの業務コンサルタントとしての経験を経て、2016年よりデータXに入社。データX入社後は、カスタマーサクセス部門に在籍し、小売/金融/アパレル/ECなど幅広い業種に対するb→dash導入支援を統括。
    その後は、主にb→dashのマーケティング/広報/PR活動や事業企画に従事。

Speaker Profile

  • 足立 光

    元・日本マクドナルド

    CMO

    1968年、米国テキサス州生まれ。一橋大学商学部を卒業後、P&Gジャパン マーケティング部に入社。戦略コンサルティングファームのブーズ・アレン・ハミルトン、およびローランドベルガーを経て、2005年にドイツのヘンケルグループに属するシュワルツコフヘンケルの社長に就任。赤字続きだった業績を急速に回復した実績が評価され、2007年よりヘンケルジャパン取締役 シュワルツコフプロフェッショナル事業本部長を兼務し、2011年からはヘンケルのコスメティック事業の北東・東南アジア全体を統括。ワールド 執行役員 国際本部長を経て、2015年より日本マクドナルド 上席執行役員 マーケティング本部長に就任。同社のV字回復を牽引し、2018年6月に退任。2016年「Web人賞」受賞。翻訳書に「マーケティング・ゲーム」「P&Gウェイ」等。オンラインサロン「無双塾」主催。

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