日本を代表する大手化粧品メーカー、資生堂。「VISION2020」を掲げ、積極的なマーケティング投資を行い、デジタル化に注力している。今回は、データ活用強化やオウンドメディア「ワタシプラス」のUI/UXの向上等を推進している、EC事業推進部のグループマネージャーを務める池田氏に、資生堂のデジタル戦略やマーケティング姿勢について話を伺った。

まずは池田さんのこれまでの経歴を簡単に教えてください。

新卒で資生堂に入社してから資生堂一筋です。これまでの経歴ですが、「Avene(アべンヌ)」というブランドを13年間担当した後、約60ブランドの施策を専門店、デパート、GMS、ドラッグストア、CVSなど全チャネルに最適化させるマーケティング編集業務を担当。その後、「草花木果」ブランド担当としてECや通販、TVショッピングを約4年経験しました。現在は、EC事業推進部でデータ活用強化、「ワタシプラス」のUI/UX進化、Amazon様、アスクル様、楽天様などのプラットフォーマー企業とのアライアンス検討、資生堂ジャパンのマーケティング担当者のデジタルケイパビリティ向上などを担当しています。

資生堂は新3カ年計画の中で、デジタライゼーションの加速を打ち出しましたね。

資生堂がグローバルで掲げる「VISION2020」が現在のミッションの背景となりますので、そこからご説明します。「VISION2020」とは、資生堂が2015年からスタートした中長期戦略です。2017年までの前半3カ年を「事業基盤の再構築」の期間と位置づけ、さまざまな改革を実行してきました。国内外の各事業の課題解決に徹底的に取り組むとともに、累計1,100億円を超えるマーケティング投資を強化しました。2017年は、2020年目標の売上高1兆円超を3年前倒しで達成し、 営業利益も過去最高を記録。2018年からの3カ年は、「事業基盤の再構築」から 「成長加速の新戦略」というステージに入っています。「デジタライゼーションの加速」は、この改革における重点戦略の1つとなっています。

今後はどのようにしてデジタライゼーションを加速していくのでしょうか。

グローバルレベルでは、米州(ニューヨーク)がリードして進めます。2016年から導入したグローバル経営体制により、グループCEOと6人の地域CEOが、それぞれの地域に適したマーケティング活動や機動的な意思決定を行うことで、お客さまの購買行動や市場変化への対応力を高めています。同体制のもう1つの特徴が、「センター・オブ・エクセレンス」の導入です。これは、スキンケアは日本、デジタルとメイクアップは米州、フレグランスは欧州といった形で、カテゴリー毎に世界の最先端の地域でグローバルな戦略立案・商品開発をリードするというもので、デジタル領域に関しては米州がリードします。日本リージョンにおいては、私の在籍するEC事業推進部がデジタライゼーションをリードします。

資生堂としてデジタライゼーションを推進していくうえで、池田さん自身はどのように取り組んでいかれるのでしょうか。

まず、デジタルという言葉に対して誤解のないように向き合う必要があると思います。マーケティングの領域で言えば、「デジタル」と言うと、「デジタルメディア」のことを指している場合と、「デジタル環境」のことを指している場合と、大きく2つありますよね。前者の場合は、デジタルメディアに対する言葉として、オフラインメディアがあるのでわりと理解しやすいですが、後者の場合は、すべてがデジタル環境になっていっていますので、ややこしい。対義語がありません。本質的なデジタライゼーションとは、日々刻々と変化していくデジタル環境(言い換えると世の中すべて)の中で、最適なお客さま体験をつくりあげることだと考えています。IMCプランニングにおいてデジタルメディアへの広告投資を単純に増やすことがデジタライゼーションではありません。マーケティングプロセス全体をスコープに入れて考える必要があります。

マーケティングのデジタルシフトを進めていくうえで、池田さん自身が大事にしていることや、常に念頭に置いていることは何かあるのでしょうか。

お客さまの生活すべてがデジタル環境になっていくのだから、マーケティングのデジタルシフトを進めていくには、マーケティングプロセス全体を俯瞰して考えたいと常に思っています。ターゲットやオーディエンスといったブランドが向き合う対象についてしっかりと理解したうえで、お客さま体験を設計しなければなりません。お客さま理解にむけては、データ活用が有効な手段だろうと思います。さまざまなデータを統合して分析し、お客さまのことを行動のみならず意識・感情まで理解したいと思い、データ活用については現在、さまざまなチャレンジに取り組んでいます。データ活用について思うのは、各種データは過去の事実なので、必ずしも未来を示していないということ。マーケティング事例も同様ですが、過去成功した内容を分析して再現しても、成功しない、ということはありがちなのではないでしょうか。お客さまを理解するためにデータを活用し、そのうえで将来を予測してプランをつくりたいですね。あとは、マーケティング活動を行う中で、常にお客さまの幸せ1点に集中しているかを意識しています。

EC事業推進部の取組みをもう少し具体的に説明すると、ブランドチームに対して実際のマーケティングプランに活用できそうなデジタルの取組みを提案しています。我々の提案が受け入れられて、実現するケースもあります。EC事業推進部は、マーケティング強化本部の一員なので、デジタル領域のプロフェッショナルとしてブランドチームにさまざまな提案を行いながら、着実にマーケティングのデジタルシフトを進めています。

先程お話にも上がったマーケティング強化本部はどのような機能を持っているのでしょうか。

マーケティング強化本部は2018年1月に発足されました。各領域のプロ集団としてブランドチームをリードし、資生堂ジャパン全体の成長に責任を持っています。2017年まではブランドチームを「サポートする」役回りであった部門が、2018年は「リードする」機能となりました。それぞれの部門がプロフェッショナルとして、ブランド横断で担当しているからこそ、全社で使えるスキームを作ったり、スケールメリットを提案できたり、好事例の水平展開を率先することができます。なので、1ブランドにとってはメリットになることでも、全体を見て最適ではない場合は、全体を優先しますし、組織知としてナレッジを蓄積していくために、ブランドごとにバラバラなものを標準化して、適正に評価する仕組みを構築することも進めています。中長期でブランド、全社双方で成果を生み出すための活動を積み上げています。

EC事業推進部門とマーケティング本部の連携において、施策レベルで行なっていることはどのようなことなのでしょうか。

収集したお客さまの行動データや購買データを集約して可視化する「ダッシュボード化」を行い、PDCAを高速で回すことをいくつかのブランドで進めています。今までは、リサーチをしてキャンペーンの評価をして、報告は数週間後というペースでPDCAを回していましたが、リアルタイムで考えたいので、ダッシュボードで同じ数値を見ながら関係者がディスカッションできるようになりつつあります。また、パフォーマンスマネジメントをするチームがデータを使ってブランドアクティビティのパフォーマンスをレポートしています。KGIをKPIに砕き、そのKPIを毎日関係者全員がウォッチしています。

先ほど「お客さまの幸せ1点に集中する」というお話がありましたが、どのようにして実現しているのでしょうか。

人の脳の中には、感情の形成に関わる“扁桃体”という部位がありますが、ここが損傷して機能しなくなると、物事が決定できなくなるようで、お買い物するときに、何を買うのか決められない状態になるそうです。ということは、お買い物するときに選んでいただくには、扁桃体にアプローチするのが有効なのかもしれません。これからのブランドマーケティングは、「どのように商品を説明するのか」というより「どのように感情移入していただけるか」、という視点が重要になると考えています。お客さまの感情をゆさぶるUI/UXが非常に重要になってくる気がしますが、UI/UX改善に取り組む際は必ず定量的な成果目標を置いて、施策を設計・実行しています。やみくもに実行しても次の改善に結びつかないですからね。クリエイティブ評価だけでなく、例えばサイト内の動線や閲覧状況も重視し、さまざまなスコアを定量的に追うことで、お客さまの感情移入度を測っていきたいと考えています。

ありがとうございます。最後に、池田さんが考える、未来のCMOに必要なもの”を一言でお願いします!

「向きあう人を大事にして、リスペクトする」ことが一番大事だと思います。そういう感覚がないと人の心を動かすマーケティングやプランニングはできません。「この人に伝えたい」、とどれだけ思えるかがクリエイティブの源泉にもなります。こちら側が「利益が出せればよい」とか「売れさえすればよい」とか思っていると、そういう波動がお客さまに伝わると思います。そういう人には「未来のCMO」になってほしくないですね。大事なヒトの役に立ちたいという純粋な想いが、お客さまの理解に繋がり、本質的なマーケティングを実現していくと思います。ブランドに対して対価を払ってもらえるのはそのブランドに対して信頼があるからですよね。この信頼というのは、ブランドが提供するプロダクトやサービスから、お客さまをリスペクトする心が感じられるからだと思います。結局、そういうところをいい加減にせず、ひたすら相手のことを想い、向き合い続け、信頼されることがマーケターにとっても重要ではないでしょうか。

弊社が提供している マーケティングツール『b→dash』 は、マーケティングプロセス上に 存在する全てのビジネスデータを、ノーコードで、一元的に取得・統合・活用・分析することが可能なSaaS型データマーケティングプラットフォームであり、BtoC業界を中心に、様々な業種・業態のお客様にご導入頂いております。

Editor Profile

  • 福井 和典

    株式会社データX マーケティング管掌執行役員

    日本IBMにてシステムエンジニア、GREEにてCRM領域のオペレーション企画、PwCでの業務コンサルタントとしての経験を経て、2016年よりデータXに入社。データX入社後は、カスタマーサクセス部門に在籍し、小売/金融/アパレル/ECなど幅広い業種に対するb→dash導入支援を統括。
    その後は、主にb→dashのマーケティング/広報/PR活動や事業企画に従事。

Speaker Profile

  • 池田 俊之

    資生堂ジャパン

    EC事業推進部 グループマネージャー

    1987年 株式会社資生堂入社。
    1993年〜フランスとの合弁会社ピエール・ファーブル・ジャポンにてマーケティング担当
    2006年〜資生堂本社にて事業企画を担当
    2008年~株式会社キナリ マーケティング部長としてEコマースを担当
    2012年~流通チャネル担当
    2017年コミュニケーション統括部(現メディア統括部)
    現在はEC事業推進部で中期計画・年度計画のプランニングなどを担当。公益社団法人日本アドバタイザーズ協会WEB広告研究会メディア委員会 副委員長。

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