顧客行動の変化やテクノロジーの発展により、生活者と企業との接点が多様化する昨今、“オムニチャネル”という言葉が様々な捉え方をされて広がっている。一方で、その定義を明確に理解している方は少ないのではないか。オムニチャネルとは何か、マーケティングとの違いは。カメラのキタムラ、ローソンでオムニチャネルの最前線に携わってきた逸見光次郎氏に話を聞いた。
それではまず、逸見さんのご経歴を教えていただけますでしょうか?
ファーストキャリアでは三省堂書店に入社し、店舗で本を売っていました。当時でもたしか55万点の本が流通していましたが、書店にある本の数は8〜10万点あれば良いほうで、ほとんどの本が書店では見る事が出来ないという現状でした。
さらに当時の検索はインターネットではなくイントラネットだったので、店頭でしか検索ができませんでした。しかもカタカナ入力です(笑)。そのうえ、有料検索だったので、それだけ本は捜しにくいものでした。そのような背景もあったので、ネット上にデータベースを載せて探しやすくして、本を販売したら面白いだろうな、と漠然と考えていました。
その後、ソフトバンクがインターネット書店を立ち上げるという募集広告を偶然見つけたことをきっかけに、ソフトバンクに入社しました。それが今のセブンネットショッピングです。そこでは鈴木康弘さんの下で働かせていただきました。
売上は100億円を超えましたがなかなか伸びきらず、あともう一息だという時に、Amazonがどんどん伸びてきていました。Amazonがどのようなやり方をしているのかに興味があったので、Amazonに入社しました。実際に内側に入ってみると、システムは非常に優れているし、合理的な動かし方をしていたのですが、Amazonには店舗がありませんでした。
私自身、初めて店舗を持たない会社に入りましたが、日本でECをやるには店舗は必要だとずっと思っていました。よくアメリカかヨーロッパかという話をするのですが、アメリカはもともと宅配文化です。都市部でこそ人口が集中していますが、土地が広いので飛行機から見れば家や街が点在しています。
ですから、宅配網や物流網で買い物をする、通販も流行るのが当たり前なのです。一方、ヨーロッパでは日本と同じで、都市部に人口が集中しています。コミュニティの大小はあっても、集まって生活している人が多い。この観点から、日本においてはリアルとネットを組み合わせることが重要だと思い、イオンに入社しました。
イオンではネットスーパー事業を立ち上げましたが、どうやって生鮮食品をお客様に届けるかという壁にぶつかりました。店舗の商品を持っていくしかないですし、店舗の商品を仕入れているのは店舗の人間なので、売り上げは誰につけるのかという話です。実際に店舗の方にも「またECが売り上げを持ってくのか。」と言われましたね。
部門間のP/LとしてECなのか店舗なのかというハレーションはよく耳にします。成功するケースは、どちらかに寄せるものがほとんどだと思いますが、ケースとしてはEC側と店舗側でどちらが多いのでしょうか。また、組織体制において成功するポイントはあるのでしょうか?
イオンではリテールではなくホールディングスに所属していたので、「ホールディングスだから別にお金儲けはしなくていい」と割り切って、売上は全部店につけていました。ネットスーパーで商品を出荷したら次の日ちゃんと発注がかかっているし、店舗担当者への売上もバイヤーへの売上も普通に流し込むと伝えたらみんな頑張りますよね。
イオンの次に入社したカメラのキタムラでも、EC事業のKPIは“宅配売上+店受取受注=EC関与売上”としました。店での受け取りはEC事業にとっては受注という扱いになりますが、P/Lの計上は全て店舗です。ただし評価の点においては、EC関与売上で評価するようにしています。ですから、EC事業のP/Lに計上されるのは宅配売上のみになります。
店受取受注は関与売上として定義したんですね。
そうです。我々は小売ビジネスなので、CVやPVのような数字ではなく、金額で表わしています。そうすれば、自分達で100億円以上の売り上げを出していて、さらにお店にも300億円の売上と利益を貢献しているので投資対象であることが経営陣にも理解しやすいのです。マーケティングの細かいKPI数値の話をしても経営陣には伝わらないですから。
この体制であれば、店舗から見て、ECやネット部隊はアプリも作ってくれる、接客タブレットも作ってくれる、受発注の仕組みも整備してくれる、商品マスタのメンテナンスもしてくれる、そのうえ手数料は取られないというメリットしかないのです。
そうなれば、道具は使うにこしたことはないので皆一生懸命使ってくれます。電話と紙の伝票で取り寄せするよりも、タブレットであればペーパーレスで済みますし、作業も減りますからね。どんどん店舗を楽にしてあげること、店(最前線で接客している人達)に売上をちゃんと付けてあげることが重要です。会社としてはどこで売上や利益が上がろうと関係ないですから。
逸見さんがお考えになる「オムニチャネル」という言葉は、人によって定義がまちまちだと思います。この言葉を逸見さんはどのように定義されているのでしょうか?
そもそも「マーケティング」と「オムニチャネル」ってなんだっけという話を最近よくしています。一般的に、自社の商品やサービスをまず消費者や市場に知ってもらい、さらに使ってもらってはじめて顧客になります。
そして顧客になってもらったら、関係を継続させるためのアプローチをするわけですよね。この一連の流れを「マーケティング」という人もいますが、大事なのはその結果、顧客満足度があがって売上・利益が入り続けることだと思うんです。
私はここまでの一連の流れが「マーケティング」という理解をしています。ですから、マーケターの評価は会社の売上と利益にどう貢献したのか、それだけです。このレイヤーで語らないと経営陣は理解しないですからね。
そのうえで「オムニチャネル」に関しては、言葉としては“オムニ=あらゆる接点”という意味ですが、私はこれを顧客との接点と定義しています。ここは消費者ではなく顧客で良いと思っていて、どちらかというと既存ユーザーメインで考えるということです。オムニチャネルというとデジタルありきで考えられがちですが、接点は必ずしもデジタルである必要はありません。
いまだにジャパネットたかたさんは「翌日の新聞折り込みチラシをご覧ください」と言っていて、これが馬鹿に出来ないくらい売上につながっている訳ですから。つまり、彼らは数字を見ながら、メディアとしての価値と注文の「チャネル」「手段」としての価値を的確に使い分けているのです。しかもターゲットが50代以上なので、お客さんによって有効な接点を活かせば良いと思っているのです。
オムニチャネルを推進する上で、何かポイントとなることはあるのでしょうか?
各接点で出す情報が企業内で統一されていることです。価格がバラバラだったり、商品説明がバラバラではダメなんです。例えばアプリ上でのキャンペーンのオススメ情報と、PCメールに入ってくる情報と、マイページで見る情報が違ってはいけないんです。お客さんからしたら気持ち悪いですよね。でもこんなことは日常的に起こっていて、大概は社内の部署間競争や担当者が違うということが原因だったりするんです。
またさらに大事なことは、サプライチェーン、つまり物の供給がすべてということです。お客さんに商品を買ってもらうため、サービスを使ってもらうために色々な情報を提供したのに、例えば、ホテルで予約を取ろうと思ったら最後に空き枠がありませんでした、となった瞬間に今までの全てのプロセスが無意味になってしまいます。無意味どころか逆効果になる訳ですよね。
そこで、必ず欠品がないようにする、もし商品がないのであれば納期を明確にしなければいけません。商品を作っているのであれば、たいていの工場では生産管理をしているので、納期は大体わかります。
メーカーとしても、小売が既に予約を取っていて、「いくつ売る」と言っているのであればちゃんと出荷しますし、変にリベート交渉するよりも、「いくつ予約が入っているからいくつ売ります」という方がお互いにプラスなはずです。工場は出荷すればP/Lが立ちますが、最終的にはそれが返品なく、リベート請求もされずにPOSレジを通して売れることが大事な訳ですよね。いわゆるセルスルー(消費者への販売)までの話です。私はそこまで見るのがオムニチャネルだと思っています。
「マーケティング」では売上・利益までしっかり定義して、「オムニチャネル」では一部分重なるところもありますが、商品供給までしっかり責任を持つということです。お客さんとの関係でいうと、オムニチャネルはマーケティングの一部という言い方も出来ますが、情報を組み合わせてサプライチェーンまでしっかり見るという話でいうと、企業活動そのものではないでしょうか。
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逸見 光次郎
株式会社CaTラボ
代表取締役
オムニチャネルコンサルタント
1970年東京生まれ。1994年三省堂書店入社。1999年ソフトバンク入社。イー・ショッピング・ブックス社(現 セブンネットショッピング社)立ち上げに参画。2006年アマゾンジャパン入社。ブックスマーチャンダイザー。2007年イオン入社。ネットスーパー事業の立ち上げと、イオングループのネット戦略構築を行う。2011年キタムラ入社。執行役員 EC事業部長。その後、独立。