前編では、オンラインのコミュニケーション媒体を用いた顧客とのエンゲージメントや絆作りと、技術革新に伴って変容するコミュニケーションスタイルについてお話いただきました。後編では、田口さんの転職経験を踏まえての視点の変化や、サンリオのライセンスビジネスなど、より多角的な視点でブランド構築の秘訣を伺います。

コンサルなどパートナーとしての立ち位置から事業会社へ移った際に違和感などはありましたか?

最初はかなりありました。IMJ時代にサンリオのWebサイト構築を支援させていただいた際にある程度サンリオのことを理解したつもりでいましたが、いざ入社してみると、どれだけ自分の理解が浅かったのかを思い知らされましたね。「分かったつもり」の危うさに気づけたことは個人的にとても大きな経験でした。特に事業会社固有の文化、社員の価値観や思考回路などは、外部からは把握が困難な部分です。お客様と良好なパートナーシップを築いていたとしても、外部からのアプローチだけでは伝わらないことがたくさんあるのだと実感しました。

私個人の話になりますが、同じ物事をコンサルという外部的な立ち位置と事業会社社員という内部的な立ち位置の両側から見る機会を得られたのはとても貴重な経験でした。

特にサンリオの場合、扱っているものがキャラクターというプロパティであり、明確に言語化しきれない曖昧な表現や暗黙的な価値観が普通に社内で使われていたことにも正直戸惑いました。社内でキャラクターを語るときによく「世界観」という言葉が使われますが、この微妙なニュアンスはサンリオの企業文化、キャラクターの成り立ちなどを知らずに外部から理解することはなかなか難しいかもしれません。

田口さんはどうやってその世界観を理解しようとしているのでしょうか?

社内のデザイナーやブランド担当者と話をするのはもちろんですが、可能な限りファンの立場になって考えてみようとも努力していますが、なかなか難しいですよね(笑)。弊社社長の辻信太郎は、とにかく現場の店舗に足を運んで売り場を見ろと言っています。辻は、売り場でお客様が何のキャラクターに関心を示し、どのような商品をお買い求めになるのかをつぶさに観察すれば、お客様に何をご提供するべきなのか分かると常日頃言っています。

キャラクターの「世界観」とは生み出し手側のモノだけではなく、ファンと共に育ててていくことで、よりお客様にとって受け入れやすく身近な存在に進化していくのではないでしょうか。

私はファーストキャリアがエンジニアだったこともあり、どちらかと言えば、理屈や数値で物事を判断してしまいがちなところがあるのですが、実際にお客様の声を聴くことで気づくことがいかに大事なのかをサンリオに入社してからより認識するようになりました。データを判断に活用することはもちろん大事なことですが、それだけだとお客様の内面をより深く理解するためには不十分です。データの深層を解釈するためにこそ、お客様のリアルな声をもっと聞く必要性があると思っています。

逆に、データに関して今まで以上に注力していきたいことは、ウェブサイト上の行動データだけでなく、ソーシャルネットワーク上で日々発信される情報を収集して分析することです。サンリオはあまり広告を出さない分、広告効果の計測だけではデータが十分ではないのです。

広告を出さないのはなぜでしょうか?

理由は2つあります。1つ目は、会社として広告の必要性をあまり感じていないからです。

というのも、有難いことに国内のほとんどの女性は幼少期にサンリオのなんらかのキャラクターに接触している可能性が高いと思われるためです。例えば、ハローキティの日本人女性(15~59歳まで)の認知率は98%を超えています。幼少期に既に種まきができているので、認知から始める必要がないことはとても大きなアドバンテージです。そういった理由で、新キャラクターを除くと認知を高めるための広告は出す必要性が薄いんです。

2つ目は、効果的な広告の活用範囲が限られていることです。

広告には認知以外にもブランドイメージの向上を目的とするものや、購買の動機づけをするためのものが考えられますが、幸いなことにサンリオが広告ターゲットとする層に関してはキャラクターに対して基本的に好意的な反応が多いので前者の機会も少ないです。

一方、商品販促目的の広告に関しても、サンリオは典型的な少量多品種の商品開発をしている為、商品そのものの訴求が難しく、また、購買に関わるお客様の態度変容の訴求ポイントを絞れ切れていないことも、広告に積極的になれない理由になっています。

ありがとうございます。視点をBtoBの側面に移すと、ライセンスビジネスに関しては、企業とのタッチポイントのデータは取れているのでしょうか?

私の部署では残念ながらほぼ取れておらず、営業がその窓口となっています。しかし、ライセンスビジネスはサンリオの中核ビジネスであり、デジタルマーケティングの活用は今後の課題の一つと考えています。サンリオが提供するライセンスビジネスは具体的にいうと2つの形態があります。

1つ目が、製品化権ライセンスです。ライセンスビジネスと言われて多くの方が連想するのはこちらが多いですね。例えば、ミネラルウォーターを製造販売している企業がサンリオキャラクターを使った製品を作りたい、となった場合、サンリオはキャラクターがパッケージングされたミネラルウォーター1万本分生産する権利を許諾し、ロイヤリティを受け取る代わりに証紙というものを1万枚発行します。

サンリオのビジネスはそこで終了です。ミネラルウォーターが好評で再生産となれば、追加で証紙を発行することが出来ますので、そういった意味でも、市場におけるキャラクターの魅力をできるだけ高めていくことが我々の目標になります。

2つ目は広告化権ライセンスと呼ばれています。こちらは自社のサービス・製品をプロモーションしたいと考えている企業様に対して、サンリオキャラクターを活用したプロモーションのご提案をさせていただくビジネスです。商品化権ライセンスに比べ応用範囲が広く、TVCM、雑誌、Webなどの各種媒体への露出、商品パッケージの装飾以外にも、空間ライセンスと呼ばれる商業スペースの空間装飾や、企業様の休憩室やコールセンター等をサンリオキャラクターの世界観で装飾するなど福利厚生面でのご活用事例も増えています。

顧客を理解するためにどのようなデータ活用を考えているのでしょうか?

ライセンスビジネスのデータの取得に関して言うと、ライセンシー様が製造した商品がどこで、どれだけ、誰に対して売れたのかなどの数値を把握することはできていません。これは一般のメーカーさんにも当てはまる問題かもしれませんが、膨大なライセンス商品の流通をベースとする限りでは、どれだけサンリオのキャラクターが愛されているのかをデータで定量的に把握することができません。

そういった意味でも、やはりソーシャルメディアを使ってお客様の生の声を集めてお客様の想いを把握していく必要があるんです。いわゆるソーシャルリスニングですね。特に、サンリオのキャラクターに対する好意的な発言の伝播を定常的にモニタリングすることで、リアルなイベントや話題のコラボなど、様々な施策を通じてキャラクターの魅力がどれだけお客様に届いているのかも計測していきたいと考えています。

また、サンリオは「3世代キャラクター」という言葉で長く愛されるキャラクター作りにこだわりをもって取り組んでいます。ハローキティを例に挙げると、ハローキティは1974年に生まれ、今年で44年目を迎えています。ハローキティが生まれたころの子供たちはいわゆる団塊ジュニアと呼ばれ、現在その方々は40代のお母様世代です。彼女たちが自分の子供たちにハローキティのおもちゃをあげ、さらにその方々がおばあちゃんになったときにお孫様にハローキティを勧める世界ってなんだか素敵な世界だと思いませんか。そのような素敵な世界を目指して長く愛されるブランド作りに注力しています。

サンリオのキャラクターは、今まで様々に商品化され、お客さまの手元でお客さまに寄り添い続ける事で長く愛されるブランドとして成長してきました。ですが、これからの時代はお客さまとの絆を可視化することが必要不可欠です。今日、お客様とブランドの結びつきは商品だけでなく、多様で多彩な接点を通じてコミュニケーションが取れるようになりました。私たちは、サンリオショップ、商品、テーマパーク、ウェブ、ソーシャルネットワークなどリアルとオンラインをまたがってお客様の行動データを収集し、忘れがたい顧客体験を作り上げることでキャラクターの魅力を高める努力をしていきたいと思っています。

BtoBの文脈では、キャラクターをタレントと捉えることも可能でしょう。世の中でどれだけサンリオのキャラクターが話題に上がっているか、興味関心を得られているのかが分かれば、サンリオキャラクターを使いたいと思うお客様も安心して使えるのではないでしょうか。例えばイベント開催後にどれだけ好意的なツイートがされているのかなどの分析を行い、好感度を可視化することにも挑戦していきたいと思っています。

ありがとうございます。それでは最後に、田口さんが考える「未来のCMOに必要なもの」を一言でお願いします!

当たり前ですが「お客様を誰よりも深く理解すること」。そして「世の中の変化を捉え、消費者目線で市場変化に会社の方向性を整合させていくプロデュース力」ではないでしょうか。

時代と共に消費者のニーズもどんどん変わっており、また、消費者はかつてないほどの情報力を持ち、消費者と企業の力関係も大きく変わりました。これらの変化の中、企業は数多の選択肢の中から消費者に選ばれるために、組織を最適化させていくことが必要不可欠だと思います。世の中の変化を誰よりも早く捉え、経営層と近い距離でコミュニケーションをとりながら自らを取り巻く環境さえも柔軟に変化させていく、そんな能力が未来のCMOに必要不可欠な能力だと思います。

弊社が提供している マーケティングツール『b→dash』 は、マーケティングプロセス上に 存在する全てのビジネスデータを、ノーコードで、一元的に取得・統合・活用・分析することが可能なSaaS型データマーケティングプラットフォームであり、BtoC業界を中心に、様々な業種・業態のお客様にご導入頂いております。

Editor Profile

  • 福井 和典

    株式会社データX マーケティング管掌執行役員

    日本IBMにてシステムエンジニア、GREEにてCRM領域のオペレーション企画、PwCでの業務コンサルタントとしての経験を経て、2016年よりデータXに入社。データX入社後は、カスタマーサクセス部門に在籍し、小売/金融/アパレル/ECなど幅広い業種に対するb→dash導入支援を統括。
    その後は、主にb→dashのマーケティング/広報/PR活動や事業企画に従事。

Speaker Profile

  • 田口 歩

    サンリオ

    マーケティング本部 ダイレクトコミュニケーション統括部 CDO(チーフデジタルオフィサー)

    国際データ通信事業者のエンジニアとしてキャリアをスタート。インターネット黎明期にISP事業立ち上げに参画した後、外資系スタートアップ企業に転じて動画ストリーミング、音楽配信事業を経験。その後Webコンサルティング会社(SIPS)の代表取締役、大手Webインテグレーターの執行役員を歴任。2012年10月よりサンリオにてデジタルマーケティングを統括する。2018年4月、チーフデジタルオフィサーに就任し、引き続きサンリオの顧客体験価値の最大化を目指す。

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