2018年3月にスタートした「b→academy」。12月5日、東京・芝公園にて、早くも第6回目の講義が開催された。b→academy チェアマンとして、オイシックス・ラ・大地株式会社 CMT(チーフマーケティングテクノロジスト)兼 株式会社フロムスクラッチ CIO(チーフイノベーションオフィサー)西井 敏恭 氏が開講の挨拶を行った後、株式会社ZOZOテクノロジーズ 金山 裕樹 氏による講義、株式会社クレディセゾン 磯部 泰之 氏による講義が続いた。
Part1(ZOZOテクノロジーズ)Part2(クレディセゾン)はこちら

イベントはパネルセッションに移行。H&M ジャパン 株式会社 メディアマネージャー 兼 H&M Clubマネージャーを務める田原 美穂 氏、デル株式会社 コンシューマー&ビジネスマーケティング統括本部部長を務める横塚 知子 氏を迎え、株式会社ニトリホールディングス 上席執行役員を務める田岡 敬 氏がモデレーターとして進行された。

今回のパネルセッションにおけるテーマは「“すごい”ファンマーケティングとKPI」。2社のグローバル企業が仕掛ける、ファンマーケティングにおける新たな一手、「データ×ロイヤリティプログラム」の全貌に迫った。

「アツい人を求める」デル アンバサダープログラム

冒頭、モデレーターを務める田岡氏より、既存顧客との関係性を強めてロイヤルカスタマーを育てる意義について解説があり、「行動の可視化による囲い込み」、「ファン主体の情報発信」という2つのポイントが挙げられた。続けて田岡氏による、「各社が実施するロイヤリティプログラムとはどのようなものか?」という質問から、パネルセッションがスタートした。

まず答えたのは、開始から2年で会員数を7,000人まで伸ばしたアンバサダープログラムを仕掛けるデルの横塚氏。同氏はデル入社初年度に中国への赴任を経験したのち、現在はコンシューマー&ビジネスマーケティング統括本部部長を務め、ダイレクトビジネスの推進およびブランディングの強化にあたっている。

横塚デル アンバサダープログラムの立ち上げから約半年間は、100名ほどしか登録がない状態が続きました。しかし、その後様々な施策を積み重ね、今では年間数千人というスピードで登録数が増えています。当初、会員数が増えるとアンバサダー一人当たりの口コミ数は減ってしまい、プログラム全体としての総口コミ数は伸び悩むのではないかと考えていました。しかし予想に反して、総口コミ数はアンバサダーの会員数に比例して増加しています。プログラム自体がしっかり機能している証拠だと思います。

続けて横塚氏は、デルがアンバサダープログラムを行う目的を「顧客との関係性を強め、ロイヤルカスタマーを作ること」と説明した後、プログラムの具体的な内容について語った。

横塚実際に店頭でデルのパソコンに触れてみてもらえればいいのですが、量販店では限られたスペースにメーカー各社の製品が陳列されますので、必ずしも目立つ場所に広いスペースを取って陳列してもらえるとは限りません。

そこで、アンバサダーに1カ月間無料でデルのパソコンを貸し出し、こころゆくまで自由に使ってもらおうというモニター企画をスタートさせました。そして使っていただいたアンバサダーに集まってもらい、2時間程度の座談会を開催します。プログラムは約3カ月に一回のサイクルで動いていて、座談会にはデルのマーケティングスタッフだけではなく、セールスのスタッフ、ブランドマネージャーにも参加してもらい、アンバサダーと時間を共にします。

そして座談会に参加したアンバサダーは、製品の口コミをSNSやブログで積極的に発信してくれます。このサイクルを何度も回していくというのがデルのアンバサダープログラムです。

モデレーターの田岡氏は、「アンバサダーとして狙うターゲット」について質問を重ねた。質問に対し、横塚氏は「ターゲットは既存顧客か新規顧客かに関わらず、“デルにアツい人”」と語る。

横塚アンバサダーの募集要件に特に制限はありませんので、どなたでもアンバサダーになることができます。

ただ、応募フォームには記入項目を敢えてたくさん設けており、デルに対する思いやデルのパソコンをなぜ使ってみたいのかの理由を詳しく記入いただけるようになっています。記入いただいた内容にはすべて目を通しており、1カ月間無料で貸し出すモニター企画には、“どうしても自分はデルのパソコンを使ってみたい!”というデルに対してかなりアツい思いをお持ちの方にご参加いただいています。

「お客様ひとり一人と向き合う」H&M Club

続いて質問に答えたのは、One to One マーケティング実現を目指しH&M Clubを立ち上げ、現在はH&Mジャパンのメディアマネージャー 兼 H&M Clubマネージャーを務める田原氏。同氏は、あらゆる属性のカスタマーに商品を提供するアパレルブランドが抱える課題を、「全ての顧客に対してサービスやコミュニケーションが統一されてしまい、顧客一人ひとりとの関係性が築けなかった事」とし、その中でH&M Clubが果たす役割について語った。

田原まずは、“お客様は誰なのか”を把握することから始まりました。現在は会員数を増やしてお客様のインサイトを発掘するために、新規会員を集める施策をどんどん打っています。インサイトが掴めたら、お客様の興味・関心に合わせてパーソナライゼーションしていきます。そうすることによって、お客様にとってH&Mとの関連性が強くなり、ファンが増え、売り上げも利益も向上する、というサイクルを考えています。

さらにモデレーターの田岡氏は、「定価で買ってくれる人にまで割引をしてしまうアパレル業界の割引施策に対する問題意識」について質問をぶつけた。これに対し田原氏は、「問題意識はある」と回答した上で、H&Mの目指す方向性として「割引施策を減らしても、ブランドを支持してくれるファン創出」を挙げた。

田原データを取って細かいKPIを追う事ばかりに注力せず、ブランド体験などを通して、お客様との心理的な繋がりや関係性の強化、つまりファン作りをしていくことに非常に力を入れています。

先日パリのロックフェスティバルで、フェスの主催会社とタッグを組んでH&Mの世界観を表現したH&M Clubの家をロックフェス会場の中に作り、お客様に体験してもらいました。私たちは、“体験はStory tellingではなく、Story doingである”と考えているため、本イベントはお客様と一緒にH&Mを創り上げていきたいという考えを体感していただけるものになりました。

このような体験を通して、お客様には“H&Mとファン”の関係性作りを評価していただいていると感じます。

投資配分の最適化を求めて辿り着いたアンバサダープログラム

続いて田岡氏は2社それぞれにプログラムを立ち上げた理由について質問した。まずはデルの横塚氏が「4年前に判明した過剰投資分を、長期的な投資施策に配分しようとしたことがきっかけ」と回答。それに対し、田岡氏が「なぜアンバサダープログラムだったのか」を問うと、「顧客との関係を強化するミッドファネルとしてアンバサダープログラムを選択した」と答えた。

横塚過剰投資の再分配にあたり、最初に行ったのはブランディングとしてのテレビや屋外広告への投資でしたが、徐々にアンバサダープログラムにも投資していきました。

テレビは、リーチは確かに広いですが、アンバサダーとはまったく質が異なります。アッパーファネルとしてテレビを用いてブランディングを強化し、ミッドファネルとしてアンバサダープログラムをはじめとする取り組みで顧客とのつながりを強固にし、ローワーファネルとして刈り取り型の広告を打つ。それぞれ役割の異なる3つの施策を走らせ、全ファネルのコミュニケーションを強化していくのですが、ミッドファネルとして最初に開始した取り組みがアンバサダープログラムだったというわけです。

H&M Clubの最終目的は長期的な企業成長と利益向上

続いて、H&M Clubの立ち上げに関して、①パーソナライゼーションを可能にするデータの取得②ブランドと顧客との関係性構築③結果、ロイヤリティーが高い顧客創出による利益向上、という3つの目的から立ち上げの理由についてH&M・田原氏が語った。

田原プログラム立ち上げの企業視点での最終的な目的は利益の向上です。ファッション業界は世界的に見ても、厳しい業界である事は皆さんご存知だと思います。特に利益に関してはトップラインを維持するために、ディスカウント率が上昇する傾向にあります。

そこで、割引による短期的な売り上げを求めるのではなく、H&Mと顧客との長期的な関係性を築き、LTVを高めることによって利益の向上を図りたいという思いがありました。そのためには、まずコミュニケーションやサービスのパーソナライゼーションに向けたデータ収集が必要でした。

H&M Clubを実施するまでは、店舗のデータは限られたものでした。なぜなら、H&Mはリーチを最大化するためにテレビをはじめとするマスメディアを利用して成功してきた会社で、お客様の一人一人の顔が見えていませんでした。顧客にとって、自分の事を分かってもらえて、そのうえで最適な提案や特典を提供してくれるブランドを好み、ショッピングをするという事が様々なデータでも立証されています。

そこで、それぞれの顧客に対して関連性の高いコミュニケーションをし、お客様との関係性の構築を始めています。また、コミュニケーションのみにとどまらず、実際にリアルな場所でブランド体験をして頂く事で、心理的な繋がりを持つロイヤリティーが高い顧客、つまりブランドのファンの創出につながると考えています。

KPI管理とデータマーケティング

続いて、モデレーターの田岡氏から、プログラム実施におけるKPI設定についての質問がぶつけられた。デルの横塚氏はこれに対し「KPIは日・週・月・年で目標を設定し、量・質ともに細かく管理している」と語った。

横塚テキスト立ち上げ当初はアンバサダーの数が本当に少なかったので、手当たり次第にいろいろな数字を見ていました。すると次第に会員数などを予測する要所の数字をつかめるようになりました。KPIは、日・週・月・年の目標を細かく分解して設定し、結果をアップデートする形で細かく管理しています。

さらに田岡氏からの質問は、「SNSでのシェアや口コミによる間接効果」についても言及された。横塚氏は「間接効果は正直見えない」と前提を置きつつ、その現状について語った。

横塚NPS(ネットプロモータースコア)をとると、一人のアンバサダーが何人に紹介したという数字が出てきます。それが増えているのか、減っているのかを3ヶ月に一度チェックしています。その数字がよければアンバサダーと良い関係が築けており、間接効果も期待できるのではないかと考えています。

続いてH&M・田原氏は、「ローンチ1年目は、新規会員数とレジ通過率にフォーカスした」と回答をした。

田原ローンチ1年目は、とにかく新規会員数を増やすための施策を意識しました。例えば会員限定のBreakfast EventやNight Shopping Event、店頭でのトークショーを交えた先行ショッピングイベントなどでショッピングにプラスした付加価値をつけたイベントなどでの会員獲得の場も多く設けました。

また、オンライントラフィックと店頭への来客に対してどれだけの会員が購入したかを図る“シェア・オブ・レシート”、一般には“レジ通過率”のKPIにフォーカスしてきました。会員特典や、ポイント数に対する割引率、イベントなどへの応募率、つまりエンゲージメント率なども追っています。プレゼントキャンペーンも含めて、2018年に様々なイベントを15-20件ほど実施してきました。

ブランドと顧客の関係性の変化

続いて、話題は「プログラム実施による成果」へと移った。デルの横塚氏は「ソーシャルでの総リーチ数や口コミ数の伸びに加え、デルに対するブランドイメージが変化しつつある」と語った。

横塚一昔前は、デルに対するイメージは“低価格”、“男性”、“法人”というワードばかりでしたが、最近では“かっこいい”、“すごい”、他には“アツい”という言葉が非常に増えています。恐らく“アツい”はデルの社員と会ってアツさを実感したアンバサダーの方がおっしゃっているのだと思います。

立ち上げ当初はプログラムに賛同してもらえるアツい社員を集めるのが大変でしたが、今では社内でキャンセル待ちが出ている状況です。プログラムが成果を上げているので、社員のやる気も上がり、アツい社員が増えるという好循環が生まれています。

H&M・田原氏も同様に、「H&Mと顧客の心的距離の接近」について語った。

田原H&Mとしては、ファッション関心度がとても高い人から、一般的にファッションに関心がある人までがターゲットだと考えています。H&M Clubや様々なイベントを通して全体的に、H&Mのことを身近に感じるようになった“ブランド・クロースネス”というKPIの向上がみられています。また、この指標と“購入意向”には高い相関性がある事が実証されているので、最終的なH&M Clubの目的である売上・利益の向上につながっていく事ができるはずだと考えています。

目指すは更なる規模拡大とデータ活用によるパーソナライゼーション

最後に、今後の展望についてお二方からお話をいただき、セッションは終了を迎えた。

横塚今後の展望としては、アンバサダーの登録数をさらに大幅に増やしていくことを目指しています。デルのパソコン出荷台数は年間数百万台ほどありますので、そこから計算すると現在の7,000人は本当にまだ豆粒みたいなものです。顧客とのつながりを一層強固にしていくための企画をいくつも計画していますので、ぜひご期待いただければと思います。

田原引き続きH&M Clubを通して、より多くのH&Mのファンを増やしたいと思っています。お客様との関係性をより強化していきたいですね。現在、会員数は順調に増えていますが、その中でイベントに参加いただいたり、顔が見えるような強い関係性を作れているのは会員数の数%しかいないので、そこの割合をどんどん増やしていけるような施策を考えていきたいと思っています。

弊社が提供している マーケティングツール『b→dash』 は、マーケティングプロセス上に 存在する全てのビジネスデータを、ノーコードで、一元的に取得・統合・活用・分析することが可能なSaaS型データマーケティングプラットフォームであり、BtoC業界を中心に、様々な業種・業態のお客様にご導入頂いております。

Editor Profile

  • 福井 和典

    株式会社データX マーケティング管掌執行役員

    日本IBMにてシステムエンジニア、GREEにてCRM領域のオペレーション企画、PwCでの業務コンサルタントとしての経験を経て、2016年よりデータXに入社。データX入社後は、カスタマーサクセス部門に在籍し、小売/金融/アパレル/ECなど幅広い業種に対するb→dash導入支援を統括。
    その後は、主にb→dashのマーケティング/広報/PR活動や事業企画に従事。

Event Overview

開催日時 2018年 12月 5日 (水)

"ファンマーケティング"、"アンバサダープログラム"は、ブランドを愛するファンを育成するマーケティング手法としてバズワード化し、注目を集めています。しかし、実際のファンマーケティングは単なるバズワードを超え、Web・SNS・店舗など、様々なデータを分析し、ロイヤルカスタマーを見つけ、育て、拡大するという、データ活用の本質をとらえたマーケティングであると言えます。講演では、アンバサダープログラムを日本有数のプログラムに成長させたデル株式会社、そして新たにプログラムを立ち上げた株式会社H&Mの両社に、コミュニティ立ち上げから拡大に至るまでの苦悩と課題解決のストーリー、さらに本業との連携やデータマネジメントに至るまでの"プログラム実践の舞台裏"を語って頂きます。

Speaker Profile

  • 田岡 敬

    ニトリホールディングス

    上席執行役員

    リクルート、ポケモン法務部長&US子会社SVP、マッキンゼー、ナチュラルローソン執行役員、IMJ常務執行役員、JIMOS代表取締役社長を経て、現在ニトリホールディングス上席執行役員。デジタル領域全般(EC、WEB広告、SNS、アプリ、O2O施策、購買分析)を担当。IMJ子会社と合わせて通算9年の社長暦。現在アジェンダノートにてインタビュアーとして連載企画『ビジネスにイノベーションを起こす「思考法」』を担当。

  • 横塚 知子

    デル

    コンシューマー&ビジネスマーケティング 統括本部 部長

    大学院卒業後、ベンチャー企業を経て、2005年からデル株式会社へ。入社初年度に海外勤務を希望し、1年間中国に赴任。 現在は、日本市場のコンシューマー&ビジネスマーケティングを担当し、ダイレクトビジネスの推進およびブランディングの強化にあたる。2016年12月末には「デル アンバサダープログラム」を新規に立ち上げ、現在の会員数は7,000名規模まで成長。ダイレクトビジネスの原点とも言えるユーザーとの直接交流に力を入れている。

  • 田原 美穂

    H&M ジャパン

    メディアマネージャー

    H&M Club マネージャー

    1983年、佐賀県生まれ。NY州立大学卒、早稲田MBA取得。あおぞら銀行グローバルファイナンス部のアナリストとして入社し、渡英。その後Coachジャパンへ転職。eCommerce及びデジタルマーケティングのシニアマネージャーとして従事。現在は、H&MジャパンのMediaとCRM(H&M Club)マネージャーを兼務している。関心事は、「ファッションテクノロジーで持続可能な未来の実現」と「女性のエンパワメント」。早稲田MBAの女性コミュニティーを中心にセミナーなども主催している。

About b→academy

b→academyは“Innovation・Data・Digital”をテーマに取り上げるマーケター育成のためのスクール。
従来のマーケティングのトピックにテクノロジーの要素を取り入れることで、データマーケティングの集合知を創ることを目指しており、当アカデミーのチェアマンは、オイシックス・ラ・大地株式会社のCMT(チーフマーケティングテクノロジスト)兼 株式会社フロムスクラッチCIO(チーフイノベーションオフィサー)西井敏恭が企画責任者を務める。今後継続的に開催されるこのイベントでは、“データ経営時代”の先頭を走るマーケターを招き、最先端のトピックを取り上げる。

https://bdash-marketing.com/seminar/b-academy/
Category
Tag