前編では、奥谷氏が考えるこれからの小売業のマーケティングや、オムニチャネル化を進めるとともにマーケティングの4Pのうちいかに優れた“Place”を創れるかがデジタル時代を生き抜く成功のカギであることをお伺いした。後編では、優れた“Place”とはどのようなものか、具体的な事例とポイントに迫る。

奥谷さんが最近「ここの“Place”の創り方はよくできているな」と思われた企業はありますか?

ベンチャー企業のヤマップという会社をご存知でしょうか。山登りをする際に使うアプリを提供している会社で、登山道を見たり、コミュニティを作って登山仲間と繋がったりすることができるのですが、ここで注目すべきが、ヤマップが持っているコミュニティです。

このコミュニティでは、山登りする際の服をアップしたり、○○の山に登る時に気を付けたほうが良いポイントを教えたりと、登山好きのユーザーが活発にやりとりしていて、東京だけでなく、全国でユーザー主導のオフ会を行ってしまうほど登山好きの人が集まっています。

その“山愛”が強く、場合によっては国土地理院の地図まで直してしまうほどなんですが、今このヤマップが資金調達をして、新たにヤマップユーザー向けに商品やサービス開発を検討しています。コミュニティがあって、そこからサービスが生まれるという発想は、まさに顧客と顧客をダイレクトに繋ぐDtoCの発想と同じですね。

これまでは、山登りのグッズがあって、それをマーケティングで売ることが一般的であり、実際に商品が登山の際にどのように使われ、役立つのかという視点は軽視されがちでした。しかしこのヤマップはその逆で、まずファンがいて、そのファン向けにファンが待ち望む商品、サービスを必要な人に提供しようとしています。

今のアパレルや小売り産業は、大量にモノを作り、3C分析をして、顧客セグメントを分けて、セグメントごとにブランドを作って、店もたくさん作って、失敗したら店は閉じて、売れなかった商品は大量廃棄して…といったように供給過多の状況に陥り、どんどん衰退しています。

しかし、このヤマップは必要な人向けに必要な商品、サービスを必要な分だけ供給することができる。ニーズに合致した商品、サービスだけをつくることができますし、無駄も少ないでしょう。

そして、もともとファンがいるところにそのファンが欲しいと思うモノを作っているので、そのモノに対するロイヤリティが高まり、よりコアなファンを増やすことができるのです。そういった意味で、ヤマップはコミュニティという“優れた場”を創っている良い事例だと言えますね。

ちなみに、“優れた場”を創るために必要な要素はあるのでしょうか?

「上から目線にならない」、「プッシュ型にならない」という2つのポイントが重要です。パーソナライズの時代とはいえ、もちろんマスマーケットは当然存在しています。生活者が全員企業と繋がりたいと思っているわけではないので、「なんかかっこいいい」、「イケてる」といったブランドイメージを創ることは非常に大切です。

ただ、一定レベルまでブランドイメージを醸成した後は、ブランドイメージの向上ではなく、クオリティやエンゲージメントを重視していくべきです。今私たちが「イケてる」と思っているプロダクトも5年後・10年後にはダサいと言われているかもしれませんので。

このように、プロダクトアウトでブランドイメージを向上するより、お客様と共にブランドを作っていくような、お客様との繋がりを大切にする会社がこれからは生き残っていくのではないでしょうか。D2Cブランドのカオスマップにのっているような小さなアパレル企業でも、今後伸びていくかもしれません。

でもそれは、顧客とブランドとの間に信頼があり、顧客がブランドのファンであるからこそ成り立つものであり、「この商品が欲しい」、「じゃあ20着発注があったら作ろう」といった双方との間にコミュニケーションがなければ商品の生産・消費は生まれません。顧客と共にブランドを創っていく、顧客があってブランドがある、そういった企業には“優れた場”があると言えるでしょう。

“優れた場”を創るためには、その場に集まる顧客がいなければならないということですね。その顧客はどうやって集めるのでしょうか?

もちろん、優れた商品やサービスを出すことは大事ですが、顧客を集めるのに一番有効なのは、「良いエヴァンジェリストを見つけて巻き込む」ことです。その商品なのか、サービスなのか、もしくはそのブランドが掲げる思想やミッションなのか・・・共感するポイントは人それぞれですが、そのブランドの何かしらに共感し、応援したい、もっとそのブランドが広まってほしい、と強く思ってくれるファンを作り、見つけることが必要です。

そして、そのファンにエヴァンジェリストとして活動してもらい、SNSを中心に発信・レコメンドしてもらうのが良いでしょう。スマートフォンが普及し、SNS利用者が増えた今だからこそ、コアなファンにエヴァンジェリストになってもらいやすくなりました。

SNSやWebでシェアやレコメンドをしてもらう、ビジネスとして生まれていないのであれば、クラウドファンディングを行い、資金を集める、といったようにコアなファンを味方につけ、ブランドの拡散の手助けをしてもらうのが良いと思います。

では、“優れた場”を創れる人、というのはどのような人なのでしょうか?

場のストーリーやコンセプトを定義できる人だと考えています。つまり、なぜその商品を作りたいのか、どんな素材でどんな風に作りたいのか、なぜその素材にこだわるのか、その商品を通して顧客にどんな体験をしてもらいたいのか・・・といったようなことをプロデュースでき、顧客に「それ、いいね!」と思わせられる人のことです。言い方を変えれば、商品というモノへのアクセシビリティを高められる人ではなく、コトへのアクセシビリティを高められる人ですね。

先ほどもお話しましたが、今の時代、プロダクトアウトでは駄目で、顧客視点に立って考え、いかに顧客に良い体験を提供できるかが求められます。なので、良い体験を提供できるよう、その商品のストーリーをプロデュースし、良いと思ってもらえるよう商品全体をデザインすることが求められるのです。

“優れた場”を創り、より良い“体験”を提供する重要性はわかりましたが、商品が圧倒的に高機能だったり、オシャレだったり、というように他のものに比べて優れていれば、合理的に考えてそちらを選ぶのではないでしょうか?それでもなぜ、購買において“優れた場”を創り、より良い“体験”を創ることが重要なのでしょうか?

それは、人間の消費行動は常に合理的な意思決定のもと行われているわけではないからですね。常に合理的な意思決定を行えるのであれば、必ず価格と機能のバランスを見て、ある一つの優れた商品だけを買うはずですが、実際には衝動買いをしたり、安物を大量買いしたりしてしまうのが人間です。これは人間が必ず合理的な意思決定をしているわけではなく、買い物においては特に、“なんとなく良さそうなもの”を選んでいるからなんです。

なので、この脳の仕組みをうまく利用し、脳に「なんとなく良さそう」だと植え付けることがマーケティングにおいてポイントになりますし、もちろん「なんとなくで買う場合」だけでなく「熟考して買う場合」もあるので、そのどちらにも対応していくようなマーケティングを行うことが、現代の消費行動を捉える上で重要になります。

すると今度は、「今までとは全く違う“新しい体験”の場合、すぐに世間に受け入れられないのではないか?」と思われる方もいるかもしれません。人間の価値観はすぐには変わらないので、新しい体験・新しい価値がすぐに受け入れられるはずがないと思うはずです。

では、Airbnbはどうでしょうか。今までの価値観であれば、「せっかく楽しい旅行をしているのに、知らない人の家に泊まるのは不快だ、民泊なんて嫌だ」とネガティブに思っていたかもしれませんが、一度体験して、Airbnbは安くて便利だとわかれば、民泊も悪くないなと価値観は変わるものです。

更に、そういった新しい体験や価値が広まると、その体験や価値に沿って第三者機関が制度や仕組みを整え、より安心・安全なものにしてくれますので、本当に“優れた場”があり、より良い“体験”ができれば、新しい体験や価値はすぐに受け入れられます。この意味でも、いかに“優れた場”を創れるかが今後カギとなることがわかるでしょう。

ありがとうございます!では最後に奥谷さんにとって“未来のCMOに必要なもの”を教えて下さい!

これまでずっとお話してきましたが、「優れた顧客体験を提供できること」ではないでしょうか。ここで言う顧客体験とは、オンラインだけ、あるいはリアル店舗だけ、といった限定的なものではありません。顧客とのあらゆる接点において、素晴らしい“体験”を提供できることです。

思わず人に話したくなるような、「なんか面白そうだからやってみよう」「買ってみよう」と思えるような体験を提供できるマーケティング施策を、デジタルだけではなく、テレビCMやチラシ、メルマガ等のあらゆる接点で考えられる人がこれからの時代求められると思います。

ではそういったマーケターになるためにはどうすればよいのか。もちろん色々なスキルを磨くことは大事ですが、特に必要なのは「人間をよく理解する」ことだと思います。優れたマーケターに共通して言えることは、みんな「人間が大好きで、人間をよく理解している」ということです。

なんでこの人はこれを買うのか、なんでこうやって買うのか、と常に興味を持ち、モノを購入する際のインサイトを深く観察し、追究しています。このように「なぜ」を極め、どうすれば優れた顧客体験を提供できるかを考えられるマーケターが、これからのデジタル時代に求められることでしょう。

弊社が提供している マーケティングツール『b→dash』 は、マーケティングプロセス上に 存在する全てのビジネスデータを、ノーコードで、一元的に取得・統合・活用・分析することが可能なSaaS型データマーケティングプラットフォームであり、BtoC業界を中心に、様々な業種・業態のお客様にご導入頂いております。

Editor Profile

  • 福井 和典

    株式会社データX マーケティング管掌執行役員

    日本IBMにてシステムエンジニア、GREEにてCRM領域のオペレーション企画、PwCでの業務コンサルタントとしての経験を経て、2016年よりデータXに入社。データX入社後は、カスタマーサクセス部門に在籍し、小売/金融/アパレル/ECなど幅広い業種に対するb→dash導入支援を統括。
    その後は、主にb→dashのマーケティング/広報/PR活動や事業企画に従事。

Speaker Profile

  • 奥谷 孝司

    オイシックス・ラ・大地

    執行役員

    統合マーケティング本部・店舗外販事業部管掌

    店舗外販事業部 部長 COCO

    顧客時間

    共同CEO 取締役

    1997年良品計画に入社。店舗勤務や取引先商社への出向(ドイツ勤務)、World MUJI企画、企画デザイン室などを経て、2005年衣料雑貨のカテゴリーマネージャーとして、現在定番ヒット商品である「足なり直角靴下」を開発。2010年にはWEB事業部長に就き、「MUJI passport」をプロデュース。2015年10月にオイシックス(現 オイシックス・ラ・大地)に入社し、現職に。2017年4月から一橋大学大学院商学研究科博士後期課程在籍中。2018年9月、株式会社顧客時間 共同CEO/取締役に就任。

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