前編では足立氏のキャリアや、その経験から生まれた考え方をベースに、日本マクドナルドV字回復のポイント①についてお話頂きました。後編では、ポイント②と③だけでなく、今後の足立氏の去就についてもお話頂きます。

V字回復のポイントの2つ目と3つ目はどのようなものなのでしょうか。

2つ目は“伝え方の手段を変えたこと”です。これまでのマクドナルドのマーケティング・コミュニケーションは、マス広告がメインでした。しかし近年、マス広告の効果は、リーチという意味でも信頼度という意味でも、どんどん下がってきています。
さらに、当時マクドナルドは食品安全問題に関するニュースも報道されていたので、会社としてのメッセージに対する信頼度が低い状況でした。そこで自社からメッセージを発信する広告だけではなく、PRやソーシャルメディアを最大に活用して、第三者の方々から情報を発信・拡散して頂くように工夫しました。

当たり前かもしれませんが、マクドナルドで食べなくても死なないんですよ。無くても生きていけるものなんです。なので、わざわざマクドナルドに“行く理由”、マクドナルドの商品を“買う理由”が必要なんです。
例えば新製品が出たタイミングで、メディアの記事や、自分の友人のSNSで、美味しそう、美味しかったと言うような記事や口コミを見たら、ちょっと食べてみたいなという買う理由ができるんですよね。「新しいロコモコバーガー、美味しいです。」というのを広告で言うのと、記事で言うのと、SNSで誰かに言ってもらうのでは、メッセージは全く同じですが、違う人が言うことで全く信頼度が変わるんです。なので、PRやSNSでの露出を最大にしながら、PR、SNS、そして最後にマス広告というような順番で使うようにしています。

3つ目はマクドナルドに関する良いニュースで、ネットやメディアを溢れさせたことです。マクドナルドに行く理由は多いに越したことはないので、あらゆる企業とのコラボ・アライアンスをたくさん仕掛けて、少し違った角度からの「マクドナルドに行く理由」を大量に増やしました。

みなさんもご存知かもしれませんが、その先駆けとなったのは「POKEMON GO」です。実は日本マクドナルドはPOKEMON GOが登場したときの世界で唯一のパートナーでした。POKEMON GOとのコラボに関しては全く広告展開をしていませんでしたが、当時、POKEMON GOをされていたほぼ全ての方は、マクドナルドでPOKEMON GOが出来ることを知っていましたよね。これはPOKEMON側から情報発信をして頂いたからなんです。

同じように、NTTドコモの「dポイント」や楽天の「楽天スーパーポイント」、auの「三太郎」等とのコラボやアライアンスも実施しました。最近はゲームとのコラボも増えていて、「グランブルーファンタジー」や、「オセロニア」、「ウイニングイレブン」、「ドラゴンクエスト」ともコラボしました。これらも全て、提携先からお客様に対しての情報発信をしてもらっています。

例えばドコモさんであれば、ドコモさんのユーザー7,000万人に対して例えば「マクドナルドでもdポイント使えます。今ならさらに割引です。」というような情報を発信して頂けるわけです。このようにして、コラボ・アライアンス先の企業様から良い情報をたくさん流してもらうことで、メディアがマクドナルドの良いニュース、また少し違った角度からの「行く理由」で溢れかえるんです。

そうすると、なんとなく、マクドナルドに行ってもいいかな、という「空気感」になるんですよね。実はマクドナルドは2016年、2017年はほとんどブランド広告をしてないんですが、ブランドイメージがぐっと向上しています。これが私のやりたかったことなんですよ。そういう全体の「空気感」をつくること。つまり、みんなが話題にしたくるような、様々な企業様とコラボキャンペーンを行うことで、様々なメディアでマクドナルドの良いニュースが流れ、全体としてイメージが向上していく、というわけです。

一方で、ブランドの好意度を上げる際に、障壁もあったかと思います。その点で、当時ユーザーが持っていたペインポイントは何だったのでしょうか。例えば、「カロリーが高そう」といったイメージだったりするのでしょうか。

答えとしてはNOです。マクドナルドが低迷していた時期のペインポイント(課題)はそこではなくて、マクドナルドは当時「なんとなく、良くなさそう」な会社だったんです。2015年当時は、マクドナルドを検索するとネガティブな記事がいっぱい出ていたこともあり、なんとなく子供を連れていくと悪い母親だと思われるような「空気感」がありました。なんとなくかっこ悪い。マクドナルドに行っている自分を人に見られたくない(でも本当は好き)、という感じですかね。

要は、ペインポイントは「なんとなく」の「空気感」だと僕は判断しました。ネット上の悪い記事は消えませんが、見えなくすることはできます。それは、それより多くの良い記事で溢れさせることです。なので、なんとなくマクドナルドに行きたいなという「空気感」を作ることが重要だと考えました。

「なんとなくマクドナルドに行きたい」という「空気感」を作ることは、言葉では簡単に言えますが、実際に実現しようとすると難しそうですね。

私はよく“ディスティネーション”と“インパルス”と言ってるんですが、「グラコロが発売されたから食べに行かなきゃ!」という「マクドナルドに行く理由を作る」のがディスティネーションです。そのような人を増やすというのはもちろん大事なんですが、もう一つの「インパルス」、つまり衝動的にマクドナルドを選んでいただく確率を上げることも同様に重要です。

その確率を上げるためにはマクドナルドに関するいろんな情報に触れたほうが良いんです。一ヶ月前からマクドナルドに行くのを予約している人はいないですよね。ほとんどが「今日のお昼はどうしようかな?」なんてエレベーターで考えながら、「今日はマクドナルドにしよう」と思って「衝動的」に来店する方が大半だと思うんです。そういう衝動に明確な目的意識はないんですよね。その瞬間に選択肢に残り、かつ良いイメージで残るために、いろんな情報を発信していました。

要は、「インパルス」とは確率論なんです。他にも外食チェーンやコンビニなど色々な選択肢が存在する中で、いかにマクドナルドを選んでもらえるか、という確率の話です。新しい商品や、期間限定品、コラボ商品等の施策は「ディスティネーション」、そしてプラスの情報を様々なメディアで拡散してもらうのは実は確率的な「インパルス」の方にあたります。
明確な目的を持って来てもらう人を増やすことも大事ですが、目的は特にないけど、なんとなく、ふっと入ってしまうパターン、その確率を上げることが、外食に関してはとても重要ではないでしょうか。

「みんなが好きなマクドナルドに戻す」「なんとなくポジティブなイメージに変える」など、業績が悪化している組織において舵を切るのはとても難しいと思いますが、社内での意思決定の際はどのようにして説得されたんでしょうか。

比較的僕は最終意思決定者だったので、承認を取ることはほとんどなかったですね。「みんなの好きなマクドナルドに戻そう」ということに関してNOと言う人は基本的にはいないですし。一方で、話題化の施策等は、自分でどんどん進めました。どんどん進めても、あまり金もかからないし、失敗したら話題にならないだけでマイナスはないですからね。

これは僕の持論ですが、新しいことをする時のコツがあるんです。それは「新しいことします」って言わないことです。「新しいことします」って言うとみんな抵抗するので、「前と同じです」と言って、自分の承認権限の中でどんどん変えちゃえばいいんです。本当の「イノベーション」、つまり革新的なことをする時は、基本的に周りの人には理解してもらえません。なので、自分の権限でどんどんやればいいと思うんですよね。僕の場合、人生でそういう例がたくさんあります。そうしないと進んでいかないので(笑)。

もちろん、dポイントやsuica対応に関しては、店舗のオペレーションが関わるので合意を取ってから進めました。ポイント施策に関しては、売上が上がるという明確な数字を出しましたね。dポイントは九州、楽天は大阪でテスト導入をしたんですが、売上や客数を増加させる効果があることが証明できたので、全国展開の合意をとることができました。

これまで様々な事業に関わり、成果を上げてこられたと思いますが、足立さんは普段どのようにして情報をインプットされているのでしょうか。

3つあって、1つ目は、いつも携帯2台持ちで情報をインプットしています。例えば電車に乗ってる間はゲームなんかしないで、ずっとfacebookやスマートニュース、twitterやYahoo!ニュース等、色々なところからずっと情報をインプットしています。本も週一冊ペースで読んでいますし、新聞も日経ビジネスも読んでます。

2つ目は、いろんな人とお会いしています。毎日誰かと常に飯を食ってますね。年末の予定は9月末には大体埋まっています(笑)。色々な業界の方と常に飲んでますね。違うお仕事をされている方と会うと、新しい知識や驚きがありますし、いろんなところで人間関係が広がっていきますから。

3つ目は、約3年くらいで仕事の内容を変えていることです。P&Gは8年在籍していましたが、ほぼ2年毎に業務内容が変わりましたし。ヘンケルも約10年いましたが、3年、4年、3年で業務内容が変わっています。仕事が変わるとたくさんの新しい経験が出来るので、貪欲に新しい経験を求めています。常に新しいことをしないといけない、成長しないといけないという強迫観念があるんですよね(笑)。

よく特徴的だと言われるのは、私は一切メモを取りません。打ち合わせがあったら、携帯に考慮事項だけは残しておく程度です。頭に残った言葉や発言を、後から思い出す感じですね。残るものは残るんです。言葉とビジュアルの2つが残っている感じですね。

ちなみに、先ほど「同じ仕事を3年以上しない」と仰っていましたが、マクドナルドを退社された今、次はどこへ行かれるのですか?

どこにいくかは正直まだ決まっていないです。今までとは全く違ったことをするのではないでしょうか。今までの経験をもとにそれが活きる業界、会社に行くというやり方もあると思います。例えば消費財とか。でも、まだ僕は50歳なんですよ。“まだ”50歳(笑)。まだまだ自分が成長できると思ってるし、新しいことを学びたいんです。なので、全然やったことない業界に行くと思います。一つ確かなのは“BtoC”で“インターナショナル”な業界または企業であるのは間違いないと思います。

ありがとうございます。今後、足立さんがどのような業界でご活躍されるのか楽しみにしています!最後に、足立さんにとって未来のCMOに必要なものを教えてください!

“新しいことをやる勇気”ですかね。世の中には、しがらみで出来ない事がたくさんあります。皆、やるべきだと分かっていても、新しいことに挑戦するのは中々勇気がいることです。しかし、それを実行しないと、イノベーションは生まれない。新しいことって、当たり前ですが、過去に事例がないんですよ。でもこれって結構大切で、競合がやっていることや過去に事例があることはイノベーションじゃないんです。競合を意識しすぎると、“改善”か“モノマネ”しか出来なくなる。新しいことっていうのは、確証がないんです。勇気がないとイノベーションは生まれない。だから、ぜひ皆さんには新しいことをやる勇気を持ってほしいと思います。

弊社が提供している マーケティングツール『b→dash』 は、マーケティングプロセス上に 存在する全てのビジネスデータを、ノーコードで、一元的に取得・統合・活用・分析することが可能なSaaS型データマーケティングプラットフォームであり、BtoC業界を中心に、様々な業種・業態のお客様にご導入頂いております。

Editor Profile

  • 福井 和典

    株式会社データX マーケティング管掌執行役員

    日本IBMにてシステムエンジニア、GREEにてCRM領域のオペレーション企画、PwCでの業務コンサルタントとしての経験を経て、2016年よりデータXに入社。データX入社後は、カスタマーサクセス部門に在籍し、小売/金融/アパレル/ECなど幅広い業種に対するb→dash導入支援を統括。
    その後は、主にb→dashのマーケティング/広報/PR活動や事業企画に従事。

Speaker Profile

  • 足立 光

    元・日本マクドナルド

    CMO

    1968年、米国テキサス州生まれ。一橋大学商学部を卒業後、P&Gジャパン マーケティング部に入社。戦略コンサルティングファームのブーズ・アレン・ハミルトン、およびローランドベルガーを経て、2005年にドイツのヘンケルグループに属するシュワルツコフヘンケルの社長に就任。赤字続きだった業績を急速に回復した実績が評価され、2007年よりヘンケルジャパン取締役 シュワルツコフプロフェッショナル事業本部長を兼務し、2011年からはヘンケルのコスメティック事業の北東・東南アジア全体を統括。ワールド 執行役員 国際本部長を経て、2015年より日本マクドナルド 上席執行役員 マーケティング本部長に就任。同社のV字回復を牽引し、2018年6月に退任。2016年「Web人賞」受賞。翻訳書に「マーケティング・ゲーム」「P&Gウェイ」等。オンラインサロン「無双塾」主催。

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