前編では、P&G時代から意識されてきた“データ”を軸に、加藤氏が考えるブランディングや組織体制についてお話を伺いました。後編では、ショップジャパンが実践するオムニチャネル戦略や、成長を続ける上での知られざる裏側についてお話を伺います。

現在、ショップジャパンのマーケティングにおいて何か注力されていることはあるのでしょうか?

大きく2つあります。1つ目がデータの統合基盤の構築、2つ目がオムニチャネルです。これは同時に推進しています。

1つ目の「データの統合基盤の構築」に関しては、先述したように、ダイレクトマーケティング型のビジネスにおいては、よりデータの重要性が高いので、多くの企業が大量のデータを取得しています。

しかし、この10年、20年の間に、消費者と企業のタッチポイントは、最初は店舗や電話だけだったのが、新聞になり、テレビになり、eコマースが生まれてAmazonや楽天、自社ECもあって…という具合にどんどんチャネルが複雑化しているので、大量のデータがバラバラのシステムで管理されてしまっています。より精度の高いダイレクトマーケティングを実現するためにも、これらのデータを統合することは急務ですね。

実はDELLの時にもデータ統合を試みたのですが、DELLは海外にいくつも市場があったので、日本とアメリカとでそもそもデータの型が違い、そのデータを整形するだけでものすごくお金がかかってしまうので実現できませんでした。

一方、ショップジャパンは大量のデータを保有しているとはいえ、今のところ日本市場だけなので、なんとか実現できると思っています。なかなか骨の折れるところですが、将来的には顧客データもクラウド化してCRMをつくり、アクセスデータや購買履歴データ、コールセンターのデータなど、全てのデータを顧客データに紐づけて管理したいですね。

2つ目の「オムニチャネル施策」ですが、ショップジャパンではECやテレビショッピングだけでなく、リアル店舗にも注力しています。2019年の4月に、平塚に関東で初めての直営店をオープンし、実際に通販で販売しているヒット商品を体験いただけるようにしました。

昨今、ECが普及してオンラインでのコミュニケーションが特に注目されていますが、だからといって店舗がなくなることはありません。店舗の価値は、従来のような商品を購入できるという価値から、商品を購入できるだけでなく、お試しもできる、ショールーム的な価値に移り変わっています。

ショップジャパンでも、時代の流れに合わせて、単にECやテレビ通販で購入できるだけでなく、実際に体験してから購入できる場を提供することで、顧客の体験価値が上がるのではないかと考えています。

このように、オムニチャネル化を進めていきながら、各チャネルで取得できる様々な顧客データを統合することで、オンライン・オフライン問わず1人の顧客を1つのIDで管理できることが理想です。そうすることで、お客様に対して、より適切な商品情報を提供できるようになると思います。

あともう一つ挙げるとすれば、“既存商品の継続的な成長”には今後更に注力していく必要があると思っています。「トゥルースリーパー」や「スレンダートーン」など、ヒット商品のロングセラー化も強みとしていますが、ショップジャパンの場合、NPL(New Product Launch)という、弊社ならではのヒット商品を生み出す仕組みがあるので、新商品をヒット商品にしていくことは、比較的得意です。

そのため、これまでは、どんどん新商品を投入していくやり方で成功してきたため、「なぜ売れ続けられなかったのか?」というデータを取得するという考えがあまりなかったと思います。

例えば、「ビリーズブートキャンプ」については皆さん良くご存知だと思いますが、この商品が本当に売れた期間は実は半年程度なんです。話題化され、ブームになり、皆さんの心の中に残るのはいいことですが、継続的に売れなければ意味がありません。

「トゥルースリーパー」や「スレンダートーン」のようなロングセラー商品をもっと生み出していくためにも、今後は既存顧客の声をどうやって拾っていくのか、接触したけど買わない人たちのインサイトはどうやって取るのか、など、既存商品の継続的な成長に注力していきたいと思っています。

先程のお話にあった、NPL(New Product Launch)について詳しく教えていただけますか?

新商品の発掘・開発から販売までのプロセスにおいて、発売商品の選定に関しては、商品を発掘するバイヤーや、マーケティングを担うブランドマネージャーのセンスや主観に頼っていたため、テストマーケティングを実施するまでは本当に売れる商品なのか、結果が出るまでは予想が立たないという課題を抱えていました。

また、ショップジャパンはひとつの商品に、多くの部署が関わり、協力し合いながら販売までたどりつきます。そのため、リソースやコストも増大してしまうという課題もありました。

これを解決したのがNPLです。NPLの肝は、「関門を設けること」。これまでは商品販売までのプロセスがひとつの大きな流れになっていましたが、NPLがそれを変えました。販売まで大きく4つのゲートを設け、ゲートごとに設けたスコアをクリアした商品のみが次のゲートに進むことができるという仕組みです。

これによりダムのゲートを開くようなイメージで、ゲートが進むにつれて投資できるコストやリソースが増えるため、リスクを最小限に抑えることができます。従来は商品担当者の熱いパッションで販売するかどうかを決定していましたが、客観的な指標があることにより、他部署への協力を仰ぎやすくなったというのもこの仕組みを導入した利点になっています。

象徴的な例として、今年ヒットしている“下っ腹ぽっこりを引き締めるフィットネスマシン”「ゆらこ」という弊社の商品があります。当時、ローンチ前にブランド担当から「これは売れます!」と説明されたのですが、正直これまでの弊社のフィットネス商品の中で、見た目にさほどインパクトがなく、内心売れないのではないかと思っていたのですが、NPLで調査した結果は、フィットネスの分野で過去最高のスコアだったんです。主観ではなく、データが証明してくれた良い例ですね。

因みに、売上以外にはどのようなKPIを追われているのでしょうか?

聞き馴染みが無いかもしれませんが、“倍数”という指標を追っています。要はROIなのですが、その施策に対する投資額と比較し何倍の売上が得られたのかを表す指標です。スポットCMやテレビショッピング番組の出稿先、新聞広告、折込みチラシ、サーチ広告なども倍数で確認できます。この倍数をもとに、施策が成功だったのかどうかを確認していますね。

一般的には、デジタル施策でしかROIは算出できないのですが、ショップジャパンではメディアニュートラル(※)の考えを元に、全てのチャネルにおいて倍数をモニタリングして意思決定をしています。
※メディアニュートラル…テレビや新聞などあらゆるメディアに優劣をつけず、マーケティングの目的にあわせて、もっとも有効なメディアや組み合わせを考える手法のこと

ショップジャパンというと、テレビショッピングの印象が強いですが、テレビショッピングに注力されているのも、ROIが良いからなのでしょうか?

そうですね。メディアニュートラルの考えが基本的にあるので、たまたまテレビはROIが良いので注力しているだけで、商品が売れるのであればテレビでなくてもよいと思っています。メディアにこだわりはありません。

因みに、EC自体もとても成長していて、毎年25%~30%ほど伸びています。テレビも約15%ほど伸びていて、会社全体としては昨年と比較し約15%で伸びています。テレビの視聴者数が少なくなったと言われていますが、テレビの出稿先を選定する際にも、先ほどお話した“倍数”を元に意思決定しているので、ROIが悪くなるようなことはありません。

それでは最後に、加藤さんが考える“未来のCMOに必要なもの”を一言でお願いします!

“現場の徹底的な理解”ではないでしょうか。市場の変化が激しい現代においては、昔のように社内政治の流れをマネージするだけで出世しようとするような人では、競争社会は勝ち残れません。もちろん社内を動かせなければ、新たな施策や社内横断の施策を推進することはできないので、現場の細かいデータを把握していながら、政治的な部分もマネージ出来るような人でないと、これからのCMOとしては不適格ではないかと思います。

また先程もお話しましたが、これからの時代、現場レベルでタイムリーに意思決定をしていかないと競争に勝ち抜いていくことは不可能です。「サーチ広告のビッティングが50円で負けているので70円に引き上げてもいいでしょうか?」なんて意思決定をCMOに仰いでいる暇なんてありません。

ただ、これって裏を返せば、自分が把握していないうちに現場でどんどん細かい意思決定がされてしまうということですよね。なので、それらの動きを理解して頭の中に入れておく必要があります。

現場のデータを見て、常に現状を把握し、仮説をもって次に打つべき施策を柔軟に考えられるような人がCMOとして生き残ると思います。「今の若い子はTVを見ない」とデータも見ずに言っているようなステレオタイプの人には向いていません。

データを常に把握し、仮説をもって正しい判断ができること、そして社内を動かす方法を知っていること、この2つがカギになると思います。

若手のマーケターがCMOやマネジメントを目指すにあたって、何か意識すべきことはありますか?

「データを元にした意思決定の量」はもちろんですが、“どれだけ動じないか”は非常に重要ではないでしょうか。失敗してしまった時や、業績が悪化した時に、いかに動じないか、動揺しないか。

人間ってストレスが溜まると正しい意思決定やタイムリーな意思決定が出来なくなってしまいます。なので、耐性をつけるためにも、若い頃から失敗や辛い思いをたくさん経験することで、動揺しない平常心や胆力を養っておくべきです。昔は私もよく梯子を外されました(笑)。

弊社が提供している マーケティングツール『b→dash』 は、マーケティングプロセス上に 存在する全てのビジネスデータを、ノーコードで、一元的に取得・統合・活用・分析することが可能なSaaS型データマーケティングプラットフォームであり、BtoC業界を中心に、様々な業種・業態のお客様にご導入頂いております。

Editor Profile

  • 福井 和典

    株式会社データX マーケティング管掌執行役員

    日本IBMにてシステムエンジニア、GREEにてCRM領域のオペレーション企画、PwCでの業務コンサルタントとしての経験を経て、2016年よりデータXに入社。データX入社後は、カスタマーサクセス部門に在籍し、小売/金融/アパレル/ECなど幅広い業種に対するb→dash導入支援を統括。
    その後は、主にb→dashのマーケティング/広報/PR活動や事業企画に従事。

Speaker Profile

  • 加藤 裕一郎

    オークローンマーケティング

    執行役員 ショップジャパン事業統括

    慶應義塾大学商学部卒業後、1995年にプロクターアンドギャンブルジャパン(P&G)に入社。ヘアケア、柔軟剤のカテゴリーなどにおいて、ブランドマネージャーを担当。各外資系のリーディングカンパニーでマーケティングやブランディングのディレクターを歴任、ビジネスの伸長に貢献。2017年5月に株式会社オークローンマーケティングに入社。同社のブランド「ショップジャパン」の事業統括から人事計画まで幅広く従事。

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