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2018.06.05

【前編】 オムニチャネル構築の最先端事例
世界で最も優れたカスタマージャーニーを構築した空港とは!?

 昨今、ビジネスにおいて既知のキーワードとなった”オムニチャネル”ですが、”データの有効活用”、”様々なテクノロジーの統合”、”複数部署の横断的なマネジメント”など、様々な障壁に阻まれ、うまくいかないケースは多々存在します。オムニチャネルはマーケティングから生まれたキーワードですが、今ではCMOどころか、CEOを含めた全経営陣が取り組むべき大きなテーマとなっています。

 そこで本日は、そんなオムニチャネルの構築から成果創出までを実現した、世界的な事例をご紹介します。その事例とは「ヒースロー空港」という年間7,600万人もの人々が利用する非常に大きな空港の事例です。本記事ではそのヒースロー空港の事例が詳細に書かれた英語記事の和訳を掲載しています。

 オムニチャネルがどれほど可能性を秘めたものであるかを是非その目でお確かめ下さい。

ヒースロー空港の信じがたい顧客対応の変容とは??

 では早速、劇的な変化を遂げたヒースロー空港のマーケティングオペレーションを詳しく見ていきましょう。

顧客目線で考える空港とは?

 私たちが旅行で空港を使用する際の流れは非常にシンプルです。飛行機を降りて荷物を受け取り電車もしくはタクシーに乗る、もしくはその逆です。そんなシンプルな行動の裏側で、空港内では非常に複雑なことが行われています。
 大量の人々と様々なテクノロジーが組み合わさることで、想像を超える量のデータが複雑なクモの巣の網目のように広がっています。

 ヒースロー空港は世界の中でも最も規模の大きな空港の一つです。毎年7,600万人もの人々がヒースロー空港を使って82カ国194都市を行き来します。ヒースロー空港の駐車場を始めとして、新幹線、ターミナルが空港に接続し、さらにヨーロッパの中でも最大級のアウトレットが組み合わさることで、数え切れないほどのビジネスが生まれており、それは非常に複雑な構造になっています。

ヒースロー空港のネット事業部長はヒースロー空港のビジネスについて、以下のように語っています。
「航空、駐車場、鉄道、小売りなど、これらはすべて別々のビジネスであり、別々の事業者がいます。しかし、顧客はこれらを全てまとめて一つのヒースロー空港という単位で捉えます。つまり顧客は、空港内のある1箇所でのやり取りに関する情報は他の場所でも共有されていると思って行動するのです。」

顧客体験を重要視したマーケティング

 ヒースロー空港は小売店と旅行者のwin-winの関係を創り出すことに挑戦しました。旅行客はショップやレストランを訪れますが、それは飛行機へ搭乗するまでのプロセスの一部です。もちろん、ヒースロー空港が一番重要視すべきは、”安全で確実なフライト”ですが、同時にショッピングを通じた顧客体験にも独自のこだわりを持っています。その中で、ヒースロー空港が重要視しているのは、”顧客に対する”マーケティングではなく”顧客のための”そして”顧客とともに創る”マーケティングです。

 ヒースロー空港は世界最高級の顧客体験を提供するために、空港における顧客との接点となるビジネスを1つに統合させる必要があると考えました。

 これが成功すれば、より収益が上がり、より顧客に満足してもらうことができるため、より多くの顧客に再び利用してもらえます。逆に、これが失敗すればヒースロー空港はただの一般的な空港になり下がってしまいます。

ヒースロー空港の複雑さ

 これは非常にスケールの大きな挑戦です。
 まず第一に、毎日206,800もの人が訪れ、それぞれに意見、嗜好、要望があり、その変数は膨大です。さらに同一人物だったとしても、出張なのか、家族との旅行なのかによってその変数の内容は全く異なります。また空港には飛行場以外にも、その他ショップ、レストラン、駐車場、ラウンジ、ゲートなど何百もの事業が複雑に絡み合って存在しています。

 そして最も重要なのが時間の問題です。
 世の中の一般的なショッピング施設とは異なり、顧客にはフライトまでの時間制限があるので、のんびりとショッピングをしている時間はありません。何の手続きをいつ・どこでしなければいけないのかが正確に決まっています。

 このような制限がありながらも、ヒースロー空港は、それぞれが独立して動いていた個々のビジネスをまとめ、一人一人に適した一連の顧客体験をリアルタイムで提供できるような仕組みを創り上げました。顧客の行動を先読みし、可視化出来なかった指標を計測可能なものにしました。他にも、継続してこのような改善を続けていきました。

ヒースロー空港の試み

 ヒースロー空港の試みをいくつかご紹介します。

・非会員の顧客であっても一人一人を識別するために、Identity Resolution(顧客一人一人にIDを振り分け、自動検知/操作する技術)ソフトを導入。
・様々な先端テクノロジーを統合して活用。
・事業間で共有可能な、プライバシー規定に準拠した単一顧客ビューの作成。
・リアルタイムで対応するために前述のデータを活用して顧客に価値を提供することで信頼を得て、さらに多くのデータを取得。
・最後に、顧客の位置情報を知るために、ジオフェンシング(顧客の位置情報を抽出するためのエリアを形成するための技術。ジオフェンス内の顧客の位置を検知できる)のような技術の導入。

 これはかなり大規模なマーケティングの変革ですが、ヒースロー空港のマーケティングからは世の中のマーケターも学ぶべきところが数多くあります。
 空港という特殊な環境ではありますが、データとテクノロジーを活用することで顧客体験を劇的に変化させ、成果をより分かりやすく可視化することができるという点で、非常に重要な事例です。

 本記事では、彼らがどのようにマーケティングにおける変革を行い、どのような成果を生み出したのか、そしてそれらが世の中のマーケターにとって何を意味するかについて説明していきます。

顧客を自動で認識して適切な対応をするシステム

 頻繁に空港を利用する顧客も、そうでない顧客も、ヒースロー空港内にいる顧客に対しては、オムニチャネルのマーケティングシステムがほぼリアルタイムで、その存在を認識・識別し、顧客一人ひとりに合わせた施策を実行します。

 既存顧客への対応は一人ひとりに応じて細かく調整されており、コミュニケーションのタイミングは完璧なものになっています。一方、既存顧客ではなく、例えば新規顧客で、”フリーWiFiを使っている”という情報しか取得できない場合でも、ヒースローのシステムはその顧客に対して最適な体験を提供することができます。ヒースロー空港が挑戦したミッションとは、顧客に対する情報がどれだけ少なかったとしても、その人にとって最高の顧客体験を届けることです。

 では、ヒースロー空港のシステムが実際にどのように動いているのかを見ていきましょう。

1.ID9231
■システムが持っていた情報

・Heathrow Rewardsの会員(ヒースロー空港の会員)ではない人たちが空港を訪れて、ジオフェンスで形成されるエリアに入った。彼はID9231であることが特定できた。
・彼はHeathrow Rewardsの会員ではなかったが、これが今月で3回目の訪問であることがわかった。それにより、システムは彼が頻繁に旅行をする人であることがわかった。
■システムの対応
・彼がジオフェンスエリア内に入った時刻を基にして、フライトまで60分ほど暇な時間があると推定した。
・彼に空港を訪れたことに対する歓迎メールを送信した。またその際に、彼の旅行頻度やどのターミナルにいるのかという情報を基に、暇な60分で楽しめるオススメのショップやレストラン等の紹介を添えた。

2.レベッカ・ワード
■システムが持っていた情報

・Heathrow Rewardsの会員であるレベッカ・ワードはGordon Ramsayのレストランを非常に気に入っていた。彼女は事前に駐車スペースを予約で確保していたので、彼女の車が駐車場を訪れた時、入り口に設置してあるカメラによって彼女の車のナンバープレートを認識し、彼女が空港を訪れたことを察知した。
■システムの対応
・駐車場入り口に設置してあるカメラによって彼女の車のナンバープレートを認識し、自動的にゲートを開いて彼女の車を駐車場にいれた。
・レベッカのフライトがあるターミナルまでの案内地図を送信した。
・15分後に(これはレベッカがターミナルへ移動するのに十分な時間である)、来訪歓迎メールとともに、Gordon Ramsayのレストランで当日限り使用可能な15%オフになるクーポンを配信した。そのクーポンはApple Walletにダウンロードできる形式のものである。
・レベッカがレストランでクーポンを使用したとき、Heathrow Rewardsの会員ポイントが通常より多くたまるような仕組みになっている。普段よりも多くのポイントをもらったレベッカはWorld Duty Freeに行って、フライトぎりぎりまでポイントを使って買い物をすることにした。

3.マイケル氏
■システムが持っていた情報

・Heathrow Rewardsの会員であるワード氏は会員サイト内のニュースレターが記載されているページからヒースロー空港のホームページを訪れていた。
■システムの対応
・旅行のおよそ2週間前にヒースロー空港のホームページを訪れる旅行客が多いという傾向が分析によりわかっていたので、マイケル氏がホームページを訪れた13日後に彼の嗜好に合わせた様々な空港のアウトレットに関する紹介のメールを送った。
・紹介の内容はマイケル氏の嗜好性とこれまでの購買履歴に基づいている。
・マイケル氏が空港に到着してジオフェンスエリアに入ってすぐ、ヒースロー空港は彼をリアルタイムで認識し、ゲートまでの案内地図を送った。
・旅行後にマイケル氏に今回の空港での対応についてのアンケートが送信され、その回答をヒースロー空港の顧客満足度スコアに反映した。

 これらを実現するためのポイントは大きく2つあります。
 1つ目は、お客様を駐車場もしくは新幹線乗り場からターミナル、ラウンジそしてゲートに可能な限り素早く案内すること。そして2つ目は買い物をしたくなってしまうようなシナリオを考えることです。

 ご想像の通り、これらを実現するには空港内の各ユニットがシンクロして動く必要があります。そこで次はこのシステムを支えるテクノロジーを見てみましょう。

 

技術的課題への挑戦

技術的課題への挑戦

 ヒースロー空港のビジョンは「すべての旅をよりよいものにすること」です。これはつまり、すべての顧客に対して、そのすべての接点において最高のおもてなしを提供するということです。そんなの当たり前だと思うかもしれませんが、ヒースロー空港のこの理念を前提としておくことはとても重要です。

 4つのターミナルにまたがって存在する100を超える事業の中から、何百万人もの顧客に対して適切なマーケティング活動を行うということが、ヒースロー空港の挑戦です。これを実現するためには23種類の異なるデータソースと200を超える顧客との接点から得られるデータ、すなわち多種多様なデータを1つにまとめて扱えるようにする必要があります。

 このプロジェクトが始まった当初は、月に一度HeathrowAwardの会員に向けて新しい空路やショップ、その他お知らせのメールを配信するという比較的単純なCRMしか行っていませんでした。顧客の氏名とメールアドレスの情報しか持っていなかったため、一人一人の顧客にカスタマイズした対応をするには限界がありました。さらに問題だったのは、これらのデータすべてが一つのシステム(メールサーバー)に紐付いていたことでした。

 最新のテクノロジーを整備して現在の体制を見直す必要があることは自明でしたが、それを行う前にやるべきことがありました。それは、同じ顧客に関するデータであっても各事業毎に見たい切り口でデータを見れるようにすることです。

シングル・カスタマー・ビューの構築

 ヒースロー空港における、新幹線、会員、駐車場、小売りといった異なる事業が持っている顧客データのセットは、基本的なデータ層を形成するために蓄えられていました。この個人を特定可能な情報(PII)は主に予約によって得ることができます。予約とは、電車のチケット予約や、個人的な買い物、通貨交換、(さらには赤ん坊がいるから粉ミルクがほしいといった)個人の要望など全てです。

 それを構築することで初めて、どれだけ多くの搭乗客がビジネス領域をまたいだ複数のブランドと接点があるかが可視化出来るようになりました。また、セールス部門やマネジメント部門に対してより質の高いレポートを作成できるようにもなりました。そして最も大きい成果は、予約してくれた顧客への対応を事前に考え、準備しておけるようになったことです。

 シングル・カスタマー・ビュー(統合された顧客ビュー)と現実世界での顧客行動を瞬時にかつ、確実にリンクさせることで、全ての顧客に対してほぼリアルタイムで対応できる態勢を整えることができています。ヒースロー空港は月に一度ニュースレターを配信するだけの体制から、毎月70種類を超える各顧客に最適化されたキャンペーンを自動的に生み出すことが可能な体制に移行することに成功しました。

 今日ではヒースロー空港は、顧客行動のデータとその分析情報を見れるようになったことで、以前よりもはるかに細かいレベルで顧客一人ひとりに合わせて提供するコンテンツをカスタマイズすることができるようになりました。さらにこの”顧客”というのはステータスに関係なく、Heathrow Rewardsのロイヤル会員から、ただ空港をブラブラしているだけの非会員の顧客まで含まれます。

 実際に、メールが読まれるであろうタイミングに応じてメールを配信したり、メールの内容を出し分けることも可能です。顧客によっては、「ヒースロー空港をお選び頂きありがとうございます」の一言だけ、というシンプルなメールがベストなこともあります。

 これによって、全てのプロセスにおいてお客様に喜ばれるアクションを取ることができるようになりました。

質の高いデータにより正確なニュアンスをくみ取ることができる

 ヒースロー空港のテクノロジーの驚くべき点は、以前であれば取りこぼしていたような、細かく詳細なデータを取得できるようになったことです。

 例えばHeathrow Rewardsの会員のお客様で、新幹線をを利用して年に6回空港を訪れるような頻繁に旅行をするお客様がいるとしましょう。その人は時にはロレックスの腕時計や、プラダのハンドバッグなどの高価な装飾品を身に着けていました。

 これらの情報のみに基づけば、空港の利用頻度は15カ月に一度程度で、利用する際には駐車場を予約し、お金もさほど使わないというデータがあるようなお客様とは別人と判断してしまいます。しかし、実はこの2人は同一人物というケースが発生しえます。どういうことかというと、前者のケースは仕事で一人で旅行をする時の情報であり、後者は家族と一緒に旅行をする時のものなのです。

 IDテクノロジーを用いて顧客一人一人にIDを割り振り、そのデータを統合することで、ヒースロー空港はこの例で示されるように顧客のその時の状況のデータまで知ることができるようになりました。それによって顧客のその時の環境に応じて、異なったメッセージやコンテンツを提供できるのです。たとえIDとしては同一人物であったとしても、子供を連れているような時と仕事で利用する時とで全く異なった顧客体験を提供できるのです。

(ーー後編に続く)

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