2017.05.31

顧客体験価値を向上させるメソッド
「O2O2O(Offline to Online to Offline)」
横浜DeNAベイスターズのスタジアムを満員にさせ、
横浜のディズニーランドになるその日まで

 2011年12月1日に誕生した横浜DeNAベイスターズ。誕生から着実に観客動員数を増やし、いまでは193万人を超える観客動員を達成した。マーケティングにおいては昨年2016年、池田前社長著の「空気のつくり方」でも話題になったのは記憶に新しい。経営・IT戦略部 部長の木村洋太氏はスポーツマーケティングにおいて重要なのは「エモーショナルマーケティング」と「オンラインとオフラインの相互関係」だと語る。その言葉の裏側にあるものは何なのか。お話を伺った。

●インタビューを読む前にマーケティング戦略について詳しく理解したい方はこちら

――ここ数年での成長の裏側で直近どのような取り組みをしてきたのか教えてください。

 私は2012年3月に入社したのですが、当時はスタジアムで取得できるリアルな顧客の声や情報を現場の各担当だけがそれぞれに知っている状態で、全く社内のナレッジとしては溜まっていない状況でした。マーケティングをしようにも、性別や属性、購入しているものなど、お客様を知ることが圧倒的にできていなかったのです。その状況を改善するために、まずは攻めのマーケティングを実現する基盤を作るべく、初年度にデータベースを構築しました。お客様それぞれを一つのIDに統合し、ファンクラブやEC、ベイチケ(チケットサイト)すべてに入れるようにしました。

――スポーツ観戦の場合、自社サイト以外にも様々な販路からも購入できると思いますが、チケットIDの取得の仕方はどのようにしているのですか?

 ベイチケでは、ベイスターズのオンラインサービス共通のログインIDを使ってもらっています。他のプレイガイド経由の購入だと一つのIDでデータベースの統合ができないため、お客様のデータを取得するためにベイチケ経由での販売価格を割引したり、先行販売が可能だったり、座席指定も可能なように工夫をしています。

――実際にベイチケでの取り組みを開始してからお客様の顔がわかる比率はどのように変化しましたか?

 取り組みを始めた当初は全体の販売数の配分は当日を含む球場窓口がまだまだ多く、ベイチケとその他プレイガイド等が同程度でした。今ではその割合がベイチケが大半になり、当日窓口や他のプレイガイドはだいぶ減りました。
 年代や性別、その他のEC等での購買行動も可視化されるようになり、LTVの算出が可能になったので教科書通りのマーケティングができるようになりました。またマーケティング観点以外でも当日券の比率が下がったことで、当日を待たずとも来場者数や売上が把握できるようになり、経営の安定化を実現することもできました。これは球団ビジネスにおいてはとても重要な事です。

――実際に取り組みをしている中でどのようなKPIやKGIを設定していたのですか?

 立ち上げ当初はベイチケの販売比率を全体の過半にすることを目標としていました。例えば、読売ジャイアンツのチケット販売モデルは、年間シート収入がメインだと思われます。これは年間シートにすることで観客の取りこぼしを防ぎ、キャッシュフローが安定するというメリットがあります。でもそれはジャイアンツの顧客がtoBの割合が多いから年間シートモデルがうまくあてはまると推測できるのであって、ベイスターズにも適用できるわけではありません。もちろん我々もtoBの観客も増やしていきたいと思っていますが、現状はメイン顧客のtoCのお客様に足を運んでいただくかが重要なので、前売りに寄せていくことが収益の安定化につながると確信しています。

――実際に様々な他の球団もベイスターズの動向を追っていると聞きます。ようやくプロ野球界全体も動き始めてきた気がします。前売りが増えたのは一つの結果だと思いますが、具体的には今までどのようなことをされてきたのですか?

 特に意識していたのは「話題作り」と「観戦時の楽しさの追求」です。我々の中では下記3つのフェーズに応じた施策の展開をしています。

①ROIや各種KPIを重視しすぎず話題を作っていくフェーズ
②ROIを意識して、ビジネスの拡大につながる施策を打つフェーズ
③満員のスタジアムを維持させつつ、若い世代を育てる。また野球以外の領域にビジネスを広げるフェーズ

 ①の話題作りでは当時監督だった中畑清さんのメディアパワーを生かしたものや、これまでのプロ野球界では考えられない企画として、例えば全額返金チケットを実施したりしました。②のビジネスにつながる施策では演出やプロモーション、商品開発、サービス提供における全社の方向性の統一による世界観の構築を行いました。これからは③を実施していくフェーズです。今後の中心になる次世代の客層の取り込みであったり、球場の外でのオフィシャルグッズショップや飲食店を作ることで収益を創出することなどが重要です。つまりスタジアムというハコモノビジネス以外の部分をしっかりと突き詰めていくことです。もちろん、横浜市に野球やベイスターズを文化として根付かせることは継続して実施していきますが。
 若い世代の育成に関しては引き続きデータの分析を続けています。年代や性別をクロスした来場回数を分析してみると、若い世代は今はあまりお金を使いませんが、将来的にはメインの層になる可能性を秘めています。一方で、現時点で若い層を狙いすぎると収益が落ちてしまいます。若い層の育成にかけるコストのバランス感については今も経営レベルで検討しています。
 実際に今のメインターゲット層がベイスターズが18年前に成し遂げたリーグ優勝からの日本一や横浜高校での松坂選手の活躍を見て来た人やその家族だとすると、今の若い世代が大人になって家族とともに来場するという育成のサイクルを継続していかないと、再び空白の10年、20年を生み出してしまいます。過去のミスを絶対に繰り返してはいけないんです。

――若い世代の育成と球場の外でのビジネスモデルの構築。どちらもスポーツビジネスにおいては重要課題ですね。今後は具体的にどのような施策を考えているんですか?

 今も取り組んでいる野球教室などの振興活動を増やすことは一つ施策としてあると思います。他にもベンチャーキャピタルのような立ち位置で、スポーツ関連のベンチャー企業に対して金銭的なサポートだけではなく、データや実証実験の支援、機会の提供を実施していくことも考えています。ベイスターズは球団もスタジアムも持っているので、そのアセットを実験の材料として先進技術でスポーツに変革をもたらす人材を育てていったり、大学との連携をしたり等も考えています。

――地域という観点ではどうでしょうか。海外のスポーツビジネスでは街全体が一体となって様々な取り組みを進めています。

 実は、関内にある横浜市役所が2020年にみなとみらいへ移転を予定しています。関内一帯のテナントがごっそり空くので、その跡地にスポーツに関連する人々やサービスを集積させようという構想があります。関内といえばベイスターズだよね、となる状態が理想です。ディズニーランドでいう舞浜のようなイメージですね。また、メインとなる横浜スタジアムに関してもベイスターズのゲームで使われているのは365日のうちオープン戦などを含めても約80日しかありません。2/3以上ある残りの約280日をどう活用していくかもこれからは重要になってきます。そのためには横浜公園や周辺エリアをうまく使ってイベントを開催することも積極的に実施できればと考えています。

――2020年に東京オリンピックもひかえていますが、横浜スタジアムを活用する構想は何か考えられていますか?

 スタジアムの改修による増席や新たなVIPルームの建設は実施したいと横浜市に申し入れています。VIPルームは必ずしも野球観戦のためだけではなく、例えば、試合以外の日には夜景が綺麗なレストランになることも可能性としては十分考えられます。他にもDREAM GATE(ドリーム・ゲート)※1の拡張も考えています。試合のある80日と、それ以外の280日でどれだけ価値を生み出すことができるか、収益を上げることができるかを常に考えています。
 特に横浜という街は、都市要素と地方要素の両方を持ち合わせているため、独自の”横浜ロイヤリティ”というものを汲み取る必要があります。お客様目線を忘れることなく横浜市民に寄り添い、横浜市民にとってのストーリーを創り続け、体験価値を向上させ続けることがとても重要です。

――顧客に寄り添い、顧客を理解することが徹底されているように感じます。お客様を理解する上での全社のルールのようなものは設けているんですか?

 今は一つ一つの施策に対するお客様の反応がデータとして直に表れてくる時代です。だからこそ我々は「データ(定量)」と「現場の生の声(定性)」の両軸を全社として意識しています。
 データの側面では来場データやECのデータはもちろんのこと、ドコモの提供している空間統計データを購入したり、ネットアンケートを実施したりしてお客様の顔や声を定期的に把握するようにしています。ただ、スポーツビジネスにおいてはデータだけではやはり限界があります。データと同じくらい現場のお客様の生の声が重要なのです。そのため、マーケティング部署はもちろんのこと、他の部署の人間も頻繁にスタジアムに観戦しに行ってお客様とコミュニケーションを図ったり、スタジアムの雰囲気を感じたり、現場の感覚を必ず把握するようにしています。結局、お客様の話を聞いて、お客様を知り、それを経営に反映させるという当たり前のことを当たり前に実施してきたからこその今があるんだと思います。

――全社レベルでコミュニケーションの重要性を理解・浸透させることに困っている企業も多いと思いますが、ベイスターズの場合どうやって実現したのでしょうか?

 幸運なことにスポーツビジネスはお客様の声が感情的かつダイレクトに聞こえてくる環境があります。個人的には”エモーショナルマーケティング”と呼んでいるのですが、プロ野球という商材は他の商材と比べると感情が持つ比重がとても大きい。一つ一つの取り組みに対するお客様の声に社内が敏感になることで、必然的に社内コミュニケーションは浸透できるようになります。

――スポーツビジネスならではの利点ですね。一般企業では難しい部分もありますが、いかにお客様の声を収集して全社に還元していくかが重要だと改めて感じました。ちなみに、アクティブサラリーマン※2はどうやって生まれたのですか?

 ベイチケやネットアンケートによって積み上げたデータと、実際の球場の雰囲気や観客の声、フォーカスグループを照らし合わせて人物像を作り出しました。データに関しては、話題化フェーズの際に様々な施策を打ち、反応を見ていく中で、今メインで来ているターゲットではなく、最も伸びている層、いわば施策に反応している層をメインターゲットに据えて拡張させることで今後の成長が期待できると判断しました。それに加えて、ベイスターズとしてどんな球場の雰囲気にしていきたいか、という部分も反映させました。長期的な視点を持った時に、いわゆるコアなファン層よりも様々な世代とコミュニケーションを取ることができる世代を取り込むことで幅広い層に対してアプローチできると判断したのです。

――施策の反応をデータで可視化してメインターゲットを決めていくのは新しいですね!今後新しく拡大していく層に関しても同じようにデータを駆使して定義していくということですね。

 そういうことです。今の時代、ビッグデータ化は誰でもできる中で、いかにそのデータを使えるデータにして分析し、実際の施策に落とし込んで行くかが求められてくると思います。

――データの統合と活用、今後ニーズが増えてくる気がしています。オフラインとの連携など、オンラインマーケティングについては今後どのように成長させていきたいとお考えですか?

 オフラインtoオンラインへという観点では、例えば球場の飲食データを取得することには可能性を感じています。電子マネー決済が可能になればお客様や売り子は単純に売買が便利になりますし、我々は観客の球場での購入データも取得することができます。
 その他にも球場での楽しさの追体験をWEBでも実現できるようにしていきたいと思っています。例えば、選手のデジタルコンテンツ活用という点では、ある選手のメモリアルゲームを観戦しに来ていた人しか買えない選手の限定商品をECで販売したりすること等もあるかもしれません。
 一方、逆のオンラインtoオフラインへという観点で言うと、ベイスターズアプリ上でカードコレクションというサービスを提供しています。スタジアム観戦やログインするとポイントが溜まって選手のカードが引けるシステムで、仕組み自体はシンプルですが、トレード機能や、「リアル化」という球場のブースで実際のカードに100円で交換することもできます。ありがたいことにファンの方の中には短期間で全てのカードを揃えて交換した人もいたほどです。このカードコレクションのように、うまくネットとリアルとを連携させてオムニチャンネル化を進めることの効果はまだまだあると感じています。
 オフラインからオンラインという流れだけでなく、さらにオンラインからオフラインに繋げていくことも同じくらい重要なんです。昨今スマートスタジアムという言葉をよく耳にしますが、お客様がテクノロジーを使うことだけが正解ではないと思います。あくまでITはサポート的な立ち位置に過ぎず、お客様の体験価値向上のためであれば、IT技術を店員や売り子が使ってもいいかもしれません。ベイスターズはその価値観を共有できていることが強みだと思います。

――顧客の体験価値向上の重要性に改めて気付かされます。一方で、すでに観客動員数が球場のキャパシティに達してきているという話も伺います。球場以外の領域で今後取り組んで行くことはありますか。

 まず物販に関して言うと、現状はメインの売上は球場ですが、今後はECをさらに強化していく予定です。
 他にも、ニコニコ生放送、SHOWROOM、DAZNやスポナビライブ、Abema TVなどのオンラインネット放送にも力を入れていきます。野球は好きだけど球場には観戦しに行かず、スキマ時間に野球速報とかを見ている層が一定多数存在します。ベイスターズはこの領域の取り組みは先行していて、フラットなプロ野球ファンを多く取り込めたという話もあるので、今後もさらに強化していければと思います。

――オフラインからオンラインへ、さらにオンラインからオフラインに繋げていく。オムニチャネルの本質ですね。それでは最後に「未来の日本のCMOに必要なもの」を教えてください!

 「経営者になる素質」だと思います。実際、CEOとCMOは紙一重です。経営を語るには、マーケティングも語れないといけない。とくにBtoCビジネスではそれが顕著です。スポーツ領域で言えば、先ほどお話したように、エモーショナルな領域が重要なので、よりお客様に密接に寄り添うこと、数字を扱えることの両軸が求められます。やはりこの部分もCEOに求められるスキルセットと同様だと思います。

※1 DREAM GATE
横浜スタジアムバックスクリーン下の搬入口がある場所を一般開放し、横浜公園側から球場内がグラウンドレベルで見えるゲートです。ゲートの内側で繰り広げられるプロ野球という“非日常”空間を、横浜DeNAベイスターズのファンだけでなく、横浜公園の利用者、地域の皆様の “日常”に溶け込んだ存在としてもっと身近に感じていただくための“夢のゲート”となってほしいという思いから設置されました。

※2 アクティブサラリーマン
データの収集・分析から導き出された、「30代を中心とした、20代後半~40代の働く男性層」。新入社員に比べて仕事やお金に少し余裕があり、家族や恋人、同僚との過ごし方に敏感な人たち。世の中の動きに関する情報収集力に長け、やりたいことを憧れだけで終わらせず、やり切る行動力を持っている人でもある。野球観戦の際に、同僚や、子供を含む家族、野球にあまり興味のない恋人といった周りの人たちを“誘って”訪れていることも多い。

Text by Yuuki Miyagawa


【プロフィール】
木村 洋太
株式会社横浜DeNAベイスターズ 経営・IT戦略部 部長
2007年米系戦略コンサルティングファームBain and Company東京支社に入社。
2012年株式会社横浜DeNAベイスターズに入社。
事業計画策定、動員イベント立案、球場改修計画(コミュニティボールパーク化構想)策定、マーケティング分析・顧客戦略策定、プロモーション関連などを担当の後、2014年事業本部チケット営業部部長を経て、2015年より経営戦略・IT戦略部部長を担当(現任)。マーケティング・短期および中期の球場改修計画立案や中期事業計画立案に加え、横浜スポーツタウン構想や球場外拠点「THE BAYS」等の新規事業開発、IT戦略策定などを手掛ける。


Marketer’s Compassでは、様々な業界のリーダーへの取材を通して、未来のCMOが知っておくべき情報をお届けしています。
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