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2019.05.27

“顧客時間”を制するものがビジネスを制する
オムニチャネルの最先端を知る奥谷氏が語る、デジタル時代のチャネルシフト戦略とは

安心安全な農産品や加工食品、ミールキットなどの食品宅配を展開するオイシックス・ラ・大地でCOCO(Chief Omni-Channel Officer)を務める奥谷氏。良品計画に入社後、いまや定番商品である「足なり直角靴下」の開発を手掛け、その後オムニチャネル施策として「MUJI passport」をプロデュース。日本アドバタイザーズ協会Web広告研究会のWebグランプリでWeb人大賞も受賞している。学術と実務の両側面からオムニチャネルの最前線を研究されている奥谷氏に、これからの時代のオムニチャネルの在り方についてお伺いした。

ーーまずは簡単に奥谷さんのご経歴を教えて下さい。

 1997年に良品計画に入社してからは、3年間店舗を経験し、その後2年間取引先商社へ出向し、商品開発や輸出入等の貿易業務を経験しました。その後、世界のデザイナーとのコラボレーションを手掛けるWorld MUJI企画の運営に携わった後に、商品開発を担当しました。その時に、今では無印良品の定番商品となっている「足なり直角靴下」を開発しました。

 足なり直角靴下の開発は素敵な偶然の重なりが、MUJIらしい商品を生んだ事例です。チェコに住むあるおばあちゃんが自らの家族のために脱げにくい靴下を編んでいたことを知った我々が、その思いと機能的価値をMUJIのプラットフォームに乗せることで、無名の優れた名品が誕生しました。お客様のニーズは生活の現場にあること、お客様への価値提供手法も目を凝らせば現場に落ちていることを気付かされた思い出の開発商品ですね。

 商品開発を経験した後は、WEB事業部に異動となり、ECの運営、顧客の行動データの活用を促進するCRMプログラムの発足に携わり、顧客の行動データを活用しつつ、無印良品ファンと常時繋がれる仕組みを考えた結果、「MUJI passport」というアプリをプロデュースすることになりました。

 今は、ネット企業が考えるリアル店舗やマーケティングに興味を持ち、良品計画から当時のオイシックスに移りました。オイシックスに移ってからは、改めて顧客理解を深めたいと思い、一橋大学でデジタル時代の顧客経験や買い物価値、オムニチャネルについて研究しています。その他には、顧客時間という会社でデジタルマーケティングの推進・サポートも行っています。

ーーネット企業のリアル店舗やマーケティングに興味を持ったきっかけは何だったのでしょうか?

 Amazonがあれだけオンラインに投資して成功しているにも関わらず、なぜAmazon GOやAmazon Booksといったリアル店舗を作るに至ったのか?と疑問に思ったことがきっかけですね。

 そもそも、デジタルの可能性について考え始めたのは、7年ほど前のちょうどMUJI passportの企画に携わっている頃でした。当時思っていたのは、ブランド力のある企業は何もしなくても、そのブランドの力で顧客は集まりますが、そうでない企業は、「お客様がなぜこの店に来たのか」、「次に来店した際は何を買うのか」といった購買行動に基づいてお客様を理解しないと顧客は集まらないのではないか、ということです。

 しかし、この顧客の購買行動を理解するというのは、なにもブランド力のない企業に限った話ではありません。顧客のロイヤルティを高め、ブランドのファンになって頂くためには、ブランド力のあるなしに関わらず、顧客の購買行動を理解し、インサイトを理解することが大切です。この購買行動・インサイトを理解するためには、デジタルは必須です。なので、MUJI passportではデジタルを活用することで、お客様目線では無印の情報やライフスタイルに関する情報にいつでもアクセスでき、チェックインするだけでマイルがたまる便利で楽しいアプリとして使って頂けるようにし、企業目線では顧客の購買行動を可視化でき、アプリ内で顧客がどんな時にどんな商品に興味を持って、どんな行動をしているのかがわかるようにしました。

 MUJI passportでの経験を通して、改めてデジタルの可能性を実感し、これからのデジタルの活用やデータ分析による顧客行動の可視化、インサイトの発見など、日々デジタルについて考えるようになっていきました。それから数年後に、先程お話したAmazon Booksが誕生しました。Amazonは既にデジタルへ多額の資金を投資しているにも関わらず、なぜリアル店舗をつくったのだろう、と疑問に思ったのと同時に、「データを通して顧客との繋がりのあるネット企業がリアル店舗を展開すれば、顧客をより理解している状態で接客することができ、購買体験をより良いものにできるのではないか」ということにも気が付きました。今まではリアル店舗を起点にデジタルを活用することが一般的でしたが、Amazonはその逆で、デジタル上で取得したデータを基軸に、リアル店舗を展開することでオンライン/オフラインの境目をなくし、顧客の購買体験をより素晴らしいものに変えていこうと考えたのではないかと思いました。

 ”オンラインとオフラインの連携”というと、リアル店舗を基軸としてオンラインを強化していくことが想起されがちですが、必ずしもその限りではないと思っています。最近はD2Cという言葉が流行っており、UberやAirbnb、Bonobosをはじめ、ダイレクトに顧客と繋がれるビジネスモデルが増えてきましたが、これも一つのオムニチャネルの形だと思います。リアル店舗がオンラインとオフラインの繋がりを意識し、顧客とのあらゆる接点における購買体験に注目して、オムニチャネルを意識したサービスを作っていくと、最終的にはD2Cビジネスとほとんど変わらないサービスになっているのでは?とすら思いますね。

ーー先ほど「オムニチャネル」というキーワードが出てきましたが、奥谷さんは「オムニチャネル」をどのように定義しているのでしょうか?

 お客様にオンライン・オフライン関係なく“シームレスな購買体験を提供すること”が「オムニチャネル」だと考えています。「オムニチャネル」というと、最近出てきた新しい概念のように聞こえますが、この概念自体は決して真新しいものではなく、実は昔からある当たり前の考え方です。買い物プロセスにおいて、自宅にいようが、オフィスにいようが、新幹線の中にいようが、スマートフォンの普及によってネットに繋がることが可能になったため、オンライン・オフライン関係なく、消費者が”買いたい時に買いたいものを買える状態”が求められるようになりました。インターネットが誕生した時点で、チャネルを横断して買い物を行う「オムニチャネル」の考え方は必然だったと言えます。

 また、オムニチャネル以前の考え方として、クロスチャネルやマルチチャネルという考え方がありますが、これらは店舗やネットなど、チャネルが複数存在するものの顧客データベースは別々で考えられていため、データが連携されておらず、チャネルを横断したシームレスな買い物を前提としていません。今となっては、例えばウェブルーミングしてリアル店舗で商品を購入する、あるいはショールーミングしてネットで商品を購入するという購買行動は当たり前ですが、クロスチャネルやマルチチャネルといった考え方は、このような購買行動を前提にしていませんので、ネットとリアルを横断した購買体験はリッチなものではなかったと言えます。

 欧米では、インターネットが当たり前である”ジェネレーションZ”と呼ばれる世代の台頭により、この世代に対応するべく、オンラインでの買い物を前提に、リアル店舗とオンラインとの連携を踏まえた購買体験を設計している企業が非常に多いです。このような流れからも、現代においてはネット抜きに買い物することは考えられないと言えるでしょう。私自身、オムニチャネルという言葉がバズワードになる前から、購買プロセスにおいてオンラインとオフラインはシームレスに繋がっている必要があり、購買行動はそういった“顧客時間”を考える必要があると思っていました。この考え方をもって、無印良品のデジタル施策を進めていましたので、「オムニチャネル」という言葉を知った際に“顧客時間”のことか、と後から繋がりました。最近だとOMO(Online Marge to Offline)とも言われていますが、単に言葉が変わっただけで、本質は変わりません。チャネルをまたいで、いかに顧客にとってシームレスな購買体験を提供できるか、つまり「いかに“顧客時間”を考えて設計できるか」が、デジタル時代のマーケティングにおいてとても重要になります。

ーー“顧客時間”といえば、奥谷さんが経営されている企業名にもなっており、この考え方を大切にされていることがわかりますが、“顧客時間“という考え方の原点はどこにあるのでしょうか?

 “顧客時間”という考え方の重要性に気づいたのは、早稲田大学のビジネススクールでCRMについて学んだことがきっかけでした。当時の早稲田ビジネススクールにはダイレクトマーケティングの授業が多く、お店もないのにたくさん商品が売れて、顧客データも取得できるこの通販・ECビジネスモデルは、単純にすごいなと思っていました。

 そうした中で、もっと顧客の購買行動について理解したいと思うようになり、購買行動について研究していく中で、CRMが大事だということに気づきました。実は、“顧客時間”という言葉は、早稲田大学のCRMの授業の中で登場したものです。その時はトヨタを例に、若くてまだあまりお金がない時代にはカローラを購入してもらい、歳を取って、自由にお金を使えるくらい稼げるようになったタイミングでクラウンを購入してもらう、という人生をかけた長いカスタマージャーニーを捉える際の考え方として“顧客時間”という言葉が使われていました。このケースでは、購買サイクルが長い商材において使われていましたが、無印良品もオイシックスも購買サイクルが車と比較すると短いので、購買サイクルの短い商材における購買の意思決定プロセスに“顧客時間”の考え方を取り入れたらどうなるのだろうか、と考えるようになりました。ビジネススクールに通う中で、消費者意思決定理論を勉強してきたこともあり、購買行動における“顧客時間”とは、簡単に言うと「検討→購入→使用/消費」というプロセスをチャネル横断で進めることだという考えに至りました。

 そして、今この顧客時間を考える上で重要だと考えているのが、マーケティングの4Pでいう”Place”です。今まではマーケティングの4PのうちProduct(製品)に顧客はついてきましたが、これからの時代はPlaceにあたるチャネルや場が重要になり、そのチャネルでどのような“体験”ができるのかが購買の意思決定に影響を及ぼすと思いますね。

ーーありがとうございます!顧客に良い“体験”を提供するには、“Place(チャネル・場)”が重要になるとのことですが、他の3つの「P」についてはどのように考えているのでしょうか?

 もちろん、マーケティングの4P(Product、Place、Price、Promotion)はどれも大事です。ただ、これからはフロー型のマーケティングではなく、ストック型のマーケティングに変わっていくので、マーケティングの4Pの位置づけは変わると考えています。どういうことかと言いますと、これまでのフロー型のマーケティングでは、良い商品を作り、良い値段をつけて、良い場所で、良いプロモーションをすれば、モノは売れました。しかし、今の時代はモノが溢れているので、どんなに良い商品を作って、良い値段で売ってもなかなか売れません。

 ではどうすればよいのか。ここで出てくるのが“Place“です。優れた”Place“と”ブランド”があり、顧客のエンゲージメントを高めることができれば、顧客はあらゆるものの中から自社製品をリピートして買ってくれるはずです。このエンゲージメントを高め、リピートして買ってもらう仕組みを創ることを私はストック型のマーケティングと呼んでおり、これを実現するには、いかに優れた”Place“を創れるか、が重要になっていきます。

 では、自社に優れた”Place“がなければどうなるのでしょうか。その結果は明らかで、お客様は利便性の高いAmazonのようなECプラットフォームでモノを買ってしまいます。Amazonは、ボタン一つで簡単に欲しいものが手に入りますし、Prime会員であれば、お得な価格で商品を手に入れることができますからね。Amazonは優れた”Place”を持っているとも言えますね。

 今でも優れた購買体験はリアル店舗でしかできないと考えている方が多いですが、どんなにすぐれた店舗で、良い商品を売ったとしても、店舗が自宅から遠ければ買いに行かないかもしれません。しかし、ネットであれば、いつでもどこでも購入することができます。この意味でも、これからの時代はネット、リアル関係なく“Place”の考え方を軸として、チャネルを横断して優れた“Place”を創り、顧客のエンゲージメントを高めることが求められるのではないでしょうか。

後編では、優れた“Place”とは何かについて深堀っていく。(ーー後編に続く

Text by Mei Kajiya


【プロフィール】
奥谷 孝司
オイシックス・ラ・大地株式会社 執行役員 統合マーケティング本部・店舗外販事業部管掌 店舗外販事業部 部長 COCO
株式会社顧客時間 共同CEO 取締役
1997年良品計画に入社。店舗勤務や取引先商社への出向(ドイツ勤務)、World MUJI企画、企画デザイン室などを経て、2005年衣料雑貨のカテゴリーマネージャーとして、現在定番ヒット商品である「足なり直角靴下」を開発。2010年にはWEB事業部長に就き、「MUJI passport」をプロデュース。2015年10月にオイシックス(現 オイシックス・ラ・大地)に入社し、現職に。2017年4月から一橋大学大学院商学研究科博士後期課程在籍中。2018年9月、株式会社顧客時間 共同CEO/取締役に就任。


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