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2018.09.28

元日本郵便 鈴木睦夫氏が語る、”脱・デジタル偏重論”
デジタルとアナログの融合がもたらすマーケティングの未来

元日本郵便でダイレクトメール(以下DM)の市場拡大を牽引し、リアルとアナログの融合を訴求してきた鈴木氏は、デジタル化が進むこれからの時代において「生活者起点で考える」ことが重要だと話す。DM市場拡大の経緯や、リアルとアナログの融合における課題についてお話を伺うとともに、デジタル時代を生き抜くためのマーケティングとマーケターの在り方について伺った。

――まずは簡単に鈴木さんのキャリアについて教えて下さい。

 新卒ではP&Gに入社し、セールス・チャネル再編・カテゴリーマーケティング等々を1から学びました。当時は、デジタルコミュニケーションなんてものはなく、携帯電話もインターネットもない時代でしたが、当時のP&Gのマーケティングでは既にデータドリブンで行っていました。もちろん今ほどデータがたくさんあるわけではなく、データを集め、分析するのにものすごい労力もお金もかかっており、今では当たり前にできるデータの全量解析はスーパーコンピューターでないと対応できない、そんな時代でした。もちろんデジタルソリューションが今のように多く出回っているわけではなく、SQLを書ける一部の人しかデータを扱えません。その後10年くらいで、パソコンを一人一台持つのが当たり前の時代になり、スマートフォンの普及によってユーザー行動が多様化し、クラウドサービスやデジタルソリューションが次第に増えていきました。

 P&Gの後は、独立したりNTTやコスパというオタクビジネスの会社にいたり色々やりました。15年ほど前にIMJに転職し、Webサイトを中心にしたインタラクティブなコミュニケーションを担当し、IMJの後はコカ・コーラでオンラインチャネルマーケティングを担当しました。このIMJ、コカ・コーラ時代に、世間ではデジタル化がどんどん進み、デジタルの「一度に大量の顧客を相手にできる効率の良さ」に目覚めるマーケターが増えていくのを目の当たりにしましたが、同時にデジタルの世界に閉じていく姿を見てきました。デジタル化が進むにつれ、彼らはCPAやCVRといった中間の数字を出すことだけにこだわるようになり、お客様が「何を求めているのか」、「サービスに対して何を期待しているのか」、「どのような感情を持っているのか」、といった本来マーケターが考えるべきことに目を向けにくい環境になっていったのです。デジタルマーケティングという言葉が独り歩きして、デジタルマーケティング部という部署に押し込められてデジタル手段しか実施できないマーケターが多く生まれました。生活者の心を動かすことに集中すべきなのに、ツールを駆使することに長けてオペレーターのような仕事をしている方も多く見受けられるようになっていきます。デジタルという手段が目的化していく現状を目の当たりにし、危機感を覚えたことを今でも思い出します。

 危機感を覚えた頃、ちょうど”手紙”というアナログのコミュニケーションを扱う日本郵便からお誘いを頂きました。今までデジタルでのコミュニケーションばかりを行ってきたため、“デジタルだけに強い”という人は多く見てきましたが、デジタルとアナログの両方がわかる人はほとんどいませんでした。ここでアナログも学ぶことで、「デジタルとアナログの両側面からコミュニケーションを理解し、オンライン・オフライン間のコミュニケーションをシームレスなものに変えていけるのではないか」、「そうすることでより良い顧客体験を創っていけるのではないか」、そして、「この危機感をマーケティング業界に訴えられるんじゃないか」、と考え、日本郵便へ行くことに決めました。

――鈴木さんはアナログとデジタルの融合を推進され、そのための手段としてDMを有効活用すべきと講演されることが多いですが、日本郵便に入られてすぐにDMの担当をされたのでしょうか?

 DMの推進は、実は私が入って新しく始めた取り組みです。それまでは、既存顧客向けの施策は行っているものの、新規顧客開拓のためのアプローチは全くしていない状況でした。もちろんDM市場の開拓にも力を入れていませんでした。そこで、入社してすぐに、「ダイレクトメール市場振興」という担当部署を作り、デジタルに閉じてしまいDMについて考えたことのないマーケターをターゲットに、新たなコミュニケーション手段としてDMを売り込もうとしました。

――日本郵便は順調にDM市場を拡大している印象がありますが、実際はどのようにDM市場を拡大していったのでしょうか。

やったことは、大きく2つです。
①DMの利用者数を増やす
②DMを利用する頻度を増やす

 まずは、DMの利用者数を増やすことを考えました。今まで日本郵便がビジネスの対象にしていなかった未開拓領域を選定するにあたって、これまで私自身デジタル施策を企画する際、DMについて全く考えてこなかったことを思い出しました。本来なら、デジタルだけ、アナログだけ、とコミュニケーション方法を限定せず、オンライン・オフラインを分けることなく、統一的なコミュニケーションを取っていくべきです。「デジタル化が進む中で、デジタルに閉じていくマーケターを目の当たりにし、危機感を覚えた」と話しましたが、この問題を解決するのが、DMなのではないかと考えました。KPIの数字をひたすら追うのではなく、原点に立ち返って顧客と向き合い、施策や企画を考えていくためには、オンライン・オフラインを融合し、顧客に合わせて多様な接点の中で一貫したコミュニケーションを行う必要があると考えました。

――なるほど。具体的にはDMの利用者数を増やすために、どのような施策を行ってきたのでしょうか?

 今までデジタルの担当者はDMの有効性について考える機会がほとんどなかったため、単に「DMいいですよ」と言っても、誰も動かないと思いました。そこで、マーケティングオートメーション(以下MA)のベンダーと一緒にPRすることを考えました。具体的には、当時バズワードになっていたMAツールのベンダーと連携して、成功事例を作ろうと考えました。この時、MAベンダーに対しては、「MAはマーケティング全般のソリューションを自動化するはずなのに、デジタルしかサポートしていないのはおかしい。アナログへと守備範囲を広げるべきだ。」と呼びかけたんです。この時、とあるMAツールのベンダーが真っ先に動いてくれました。

 当時はちょうど、メールでのリーチが難しくなってきており、広告のブロッカーも増え、CPAといった”率”で効果を測定するものの、そもそものクリック数を獲得できずにビジネスがスケールアウトしていかない時代でした。なので、そのベンダーさんにとって、MA×DMが刺さったんだと思います。そのベンダーさんと一緒に成功事例をつくり、その事例を複数のイベントで講演したり、インタビューに載せてもらったりしました。当初、成功事例をつくったものの、どのように拡散していこう、PRの枠をいくらで買おうか、等と考えていたのですが、それも杞憂に終わり、各種イベントで講演を続けていたら、いつのまにか逆にイベントに呼ばれ、次々にメディア掲載が決まるようになりました。こうして、いつしかDMの重要性を訴求することに成功していました。

 DMの利用者に対し、デジタルとDMを掛け合わせた場合のDMの有用性を訴求することで、DMを組み合わせてみようという企業を増やすようにしました。今までは、デジタルはデジタルで、アナログはアナログで、とコミュニケーション方法が分断されていました。もちろん、どちらもそれぞれの良さがありますが、どちらか一方のコミュニケーションだけでは顧客との接点頻度を担保するのに限界があります。デジタルのコミュニケーションは、手軽にユーザーに届きますが、反面、瞬間的な接点しか築けません。例えば、サマーセールのメールを配信しても、配信直後は多くの人の目に留まり、来店を促せても、配信3日後には他のメールに埋もれてしまいます。反対に、DMは配信コストがメールに比べ数倍も高いですが、開封率、そして購買への誘導率は高い。特にデジタル世代はDMに対して好感を持っており「私のためにわざわざ手紙を送ってくれた」と感じる人が多いことがわかっています。なので、それぞれのメリット・デメリットを掛け合わせ、デジタルとアナログを融合していくことが今後重要になってくるのです。

 実際に、「DMだけ」、「メールだけ」、「DMとメールの両方」の3パターンのコミュニケーション方法で無作為に抽出したターゲットに対しアプローチしたところ、DMとメールを掛け合わせた場合が最も反応率が高くなりました。メールで反応しなかった層もメールの後に送ったDMには多く反応したのです。

 このように、コミュニケーション手段として、単にDMが良いと訴求するのではなく、デジタルとアナログを融合する重要性を訴求することで、間接的にダイレクトメールを活用するマーケターを増やしてきたのです。実際、日本の上場企業400社を対象にした日経BPコンサルティングによれば、3年半前はDMを組み合わせる施策を実施する企業の割合が29.1%であったのが、直近では35.5%にまで増えているので、市場的にも郵送料だけで約200億円の市場拡大ができたことになります。

――では、二つ目の「DMの利用頻度を増やす」ためには、何をされてきたのでしょうか?

 今までDMだけではなく全ての印刷メディアは、その発信タイミングを事業者側が決める、いわゆる「事業者トリガー」でした。一方でデジタルコミュニケーションは生活者のWEB閲覧や購買などのユーザー行動が起点になって施策が走る、いわゆる「ユーザートリガー」が当たり前です。カート離脱したユーザーに自動的にメールを発信するカート落ちシナリオはECでは当たり前ですし、初回購入者に対してステップメールシナリオを組んで自動発信するのも普通です。ただし、このメールもパーミッションの壁と開封率の壁に阻まれて生活者にリーチできません。オプトイン率と開封率を掛け合わせたものがメールリーチ率。ほとんどの企業では10%を切ります。残りの90%以上の方にアプローチする手段として印刷でも「ユーザートリガー」を実現して、いままでの事業者トリガーとは全く別のDM差出機会を創出したのです。

――印刷物でユーザートリガーなんて可能なのでしょうか?手紙は心を動かす力が強いことは理解できますし、組み合わせることの有用性もわかりますが、One to Oneでクリエイティブもタイミングもパーソナライズするのは難しい気がしますが。

 それが、そうでもないんです。今、印刷業界の産業構造が変化していて、DMのOne to One配信も可能になりつつあります。どういうことかと言うと、大規模印刷機を保有する印刷事業は売上を上げるために稼働率を上げなければなりませんよね。稼働率が100%になることはないので、どうしても印刷空き時間が無駄になってしまいます。そこで、とある印刷会社が日本全国の大規模印刷会社の印刷機と連動し、それぞれの印刷機の空いた工数を、他の印刷機が受け持つはずの印刷に自動的に回していき、稼働率を上げる”ファクトリーオートメーション”を進めています。更にこのシステムは、それぞれ異なる内容を印刷できるので、Webの閲覧履歴や購買履歴、行動データからそれぞれの好みを把握して、そのデータを基にシナリオを組んでおくことで、DMの中身を変えることが可能になります。デジタルでは、閲覧したページが異なれば、その先に表示するクリエイティブも自動的に変わっていく、ページの遷移状況が異なれば、表示される広告も変わる、といったパーソナライズ化は当たり前ですよね。これが、DMでもできるようになるのです。つまり、ユーザーの閲覧状況や購買行動といった行動をトリガーとして、その人に合わせたDMを印刷することが可能なのです。

――なるほど、印刷業界も変化しているんですね!一方で、デジタルとアナログを融合していく上ではどのようなことが課題になるのでしょうか?

 課題としては、企業内における組織体制も担当者も知見も予算もすべて分断されていることが挙げられます。そもそも、日本の多くの企業は縦割りの体制です。そのため、例えば組織体制なら、デジタルを専門とする事業部とアナログのコミュニケーションを専門とする事業部に分かれており、割り当てられる予算も違います。また、各事業の担当者はそれぞれ別にいます。そして、事業部も担当者も別々なので、それぞれのナレッジも別々に蓄積されてしまっています。なので、まずは社内にあるデジタルとアナログの知識や知見、顧客へのアプローチ施策を統合していくことが重要になります。

――実際にこのような社内改革をしていく上で、どの部署の人が主導するのがベストなのでしょうか?

 マーケティングは前提としてデータドリブンで行っていくべきものなので、この場合、デジタルに携わる人間主導で行っていくべきだと思います。そうしなければ、顧客との接点によってコミュニケーション内容がバラバラで、届けたいメッセージもバラバラになってしまいます。マーケティングの本質である「顧客の心を動かす」、のであれば、まずはコミュニケーション手法が異なっても届けたいメッセージを統一していくべきですね。

 ただ、データドリブンでマーケティングを進めるといっても、自社データしか使わない、もしくはサードパーティーデータしか使わない、というのは今後通用していかなくなります。世の中にあらゆるデータが溢れている中で、自社データやサードパーティーデータに依存していくには限界があるからです。今後は、あらゆるデータを繋げるだけでなく、自社データをあらゆるところで共有し、セカンドパーティーデータ化していくことが必要になっていきます。まさに、データをオムニ化していくことで、これからのマーケティングに求められるデータドリブンのマーケティングが可能になり、生活者の欲しいタイミングで、欲しい情報を、欲しいクリエイティブで提供するOne to Oneのアプローチを行えるようになるでしょう。そうすればもはや広告は邪魔者扱いされず、生活者にとって有益な情報に変わると思います。コミュニケーションのオムニ化ですね。

――ありがとうございます。では最後に、未来のCMOに向けて一言お願いします!

 「生活者起点で考えましょう。」この一言に尽きます。言い換えれば顧客起点でコミュニケーション手段やチャネル、購買チャネルを考えましょうということです。また、生活者のどのタイミングでコミュニケーションをするのかもとても重要です。同じメッセージでもタイミングが違えば効いたり効かなかったりしますよね。生活者が何を求めていて、どういったサービスを期待しているのかを考えることで、発信するメッセージが変わり、キャンペーンや施策も変わっていきます。やりたい施策はたくさんあると思いますが、どの施策が一番生活者に求められているのかを考え、やらない施策を決めるのも戦略です。目の前のやるべきタスクに目を向けて走り続けるのではなく、一旦立ち止まって生活者起点に立ち返らなければ、人の心を動かすことはできませんし、生活者の求めるサービスを作っていくことはできないでしょう。

 「立ち止まって生活者起点で考える」豪雨の中のアドテック関西で音部さんと岡本さんが使われていた言葉ですが、本当にそうだと思います。これを行い本当に求められているサービスとコミュニケーションを作っていくことがマーケターの使命だと思います。

 「デジタルとアナログを融合して一筆書きをする」これにはデータが必須です。デジタルソリューションを駆使してオフラインも含めて計測することが必須です。「一筆書き」と言うのは簡単ですが、実際にはできている企業はまだ少なく知見が一般化されていません。やり続けてPDCAを回す以外に方法はないのです。「まずはやってみる」ことにより、失敗しても知見が得られます。その意味でやることに損は全くないのです。

あ、一言って言われたのに二つも言っちゃいましたね(笑)。

Text by Yuuki Miyagawa


【プロフィール】
鈴木 睦夫
イーリスコミュニケーションズ株式会社 エグゼクティブプロデューサー
新卒でP&Gに入社し、その後NTT/IMJ/コカ・コーラでマーケティングおよびデジタルマーケティング領域を担当。デジタルコミュニケーションの限界を感じてからは日本郵便に転じ、多くの講演やメディアにてデジタル×アナログの重要性を訴求する。2018年7月に独立し、現在はイーリスコミュニケーションズ株式会社にてエグゼクティブプロデューサーを務める。


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