ページトップへ
2018.06.21

【b→academy#3】『JALのデータマーケティング』
ー顧客に寄り添うデータマーケティングプロセスを徹底解剖ー

2018年3月にスタートした「b→academy」。6月6日、東京・五反田にて第3回目の講義が開催された。企画責任者を務めるチェアマンとして、オイシックスドット大地株式会社のCMT(チーフマーケティングテクノロジスト)兼 株式会社フロムスクラッチCIO(チーフイノベーションオフィサー)西井 敏恭が開講の挨拶をした後、株式会社日本航空の渋谷 直正氏よりお話をいただいた。
「b→academy」では、「データやテクノロジーを活用したマーケティングを当たり前にする」というミッションを掲げ、最先端マーケティングに関する知や事例のシェア、マーケター同士の交流を行っている。今回も当選した約80名のデジタルやデータに携わるマーケティングリーダーが集まった。

One to Oneマーケティングで売上10倍に飛躍

 今回のb→academyでは、2014年「データサイエンティスト・オブ・ザ・イヤー」を受賞された、株式会社日本航空 Web販売部 渋谷 直正氏にご登壇頂いた。日本を代表する航空会社として日々日本と世界を結び続けている同社では2010年より「お客さまに本当に真剣に向き合えているのだろうか?」という問題意識のもとに、One to Oneマーケティンググループが発足した。2010年度に比べ、One to Oneの施策による売上規模は大きく拡大している。
 これを支えた、JALが実践しているデータマーケティングの考え方について前半は講義を行い、後半では実際にJALの実例に基づいてペルソナ設定・ターゲットのデータ抽出について具体的に参加者がワークを通して体感し、マーケターに必要なスキルや素質について学んだ。

買う人・買わない人の比較データ分析が肝

 セッションは、マーケティングにおけるデータ分析の重要性の説明から始まった。大量消費時代が過ぎ去った現代で売上を伸ばしていくためには、お客さまそれぞれのニーズに合わせて施策を打つことで、購入頻度を向上させたり関連商品の購入を促したりすることが必要だ。それを実現させるのがOne to Oneマーケティングだが、そのポイントはデータであると渋谷氏は語る。その中でも重要なのが行動データであるWebログデータだ、と渋谷氏は強調した。

 「Webログデータというのは、買った人だけでなく、買わなかった人のデータもわかります。サイトを見たけど買わなかった、という人のデータです。例えば、『あるお店でAという商品は30代女性がよく購入をする』というデータがあるとします。しかしそのお店に来ている人が皆30代女性だったらそのデータは何の特徴も示していません。『お店に来ている人で、買っている人が買わない人より30代が多い』、ということまで言えないと意味がありません。買った人と買わなかった人のデータを比較することで、どうすれば買っていただけるのかをチューニングしていくことができます。」(渋谷氏)

 例えばJALでいうと、商品(航空券)が高価なこともあり、1度のサイト訪問で購入を決めるお客さまはなかなかいらっしゃらない。しかし、検索情報などのWebログデータを使うと、お客さまがいつどこで誰と何人で行きたいか、というデータが取得できる。このデータを収集・分析し続けることにより、最終的な購入傾向のテッパンパターンが掴めてくるのだと言う。

 「このパターンがわかると、テッパンの行動パターンに該当するのに購入に至っていないお客さまというのがのがわかります。するとそのお客さまにアクションを促し、購入に繋げていくことができるようになる。」このようにWebデータを活用することで、細かく施策が打てるようになったのだと渋谷氏は語った。

 今後はさらに、データを用いることでキャンペーンの対象者を効果的に絞り込む手法も試行しているという。
 「せっかくキャンペーンを実施するのであれば、キャンペーンがあったからこそご購入を決めていただけそうなお客さまに訴求していきたい。」このようなキャンペーンの効果が見込めるお客さまを、データを用いて分析し、購入確率を着実に高めていきたいのだと今後の展望を語った。

JAL独自の“確率クラスタリング”で顧客目線の施策を実現

 一方、全てのお客さまに個別で施策を展開することは難しい。そこで行っているのが「クラスタリング」だと渋谷氏は語る。閲覧履歴や属性情報(個人を特定するような情報は含まない)といったデータを収集することによってお客さまを幾つかのクラスタに分類し、そのクラスタに基づいてコミュニケーションを行うそうだ。
 例えば『ビジネスクラスなどの上位クラスシートをご利用になるお客さま層』、『航空機のご利用は少ないがマイルををためて特典航空券以外の商品と引き換えるお客さま層』といったような複数のお客さま層に応じた施策を実施している。

クラスタ毎にどのバナーがお客さまに響くかを実行し、その結果に基づき、施策の最適化を図るそうだ。そして渋谷氏はこの手法における留意点も上げた。

ただ、お客さまを簡単にクラスタリングすることはできないので、『ある1人のお客さまがAクラスタに分類される確率は〇%、Bクラスタに分類される要素も〇%あり』というように、1人のお客さまを多様な側面から捉えるようにしています。こうしたクラスタ分けをソフトクラスタリングと呼んでいます」(渋谷氏)

 このように、お客さまを細かなクラスタごとに分類し、施策を使い分けることによって明確にクリック率をはじめ、あらゆる数字に顕著な違いが表れたそうだ。今後はクラスタの細分化や、お客さまごとにリアルタイムで個別施策を打てるようなオートメーション化を実現し、究極のOne to Oneを目指していきたいと渋谷氏は熱く語った。

データマーケターに必要な“仮説思考力”とは

 では一体どのように予測やクラスタリングをすすめていくことができるだろうか。ここで渋谷氏は、データマーケターにとって必須のスキルとして“仮説思考力”を挙げた。

 例えばハワイへのご旅行を提案するために、ハワイにご旅行に行きそうな方を予測したい時、どのような変数が関係しそうかを考える。例えば「年齢」や「性別」といったすぐ思いつくもの以外に、「結婚式を挙げる予定がある」、「フラダンスに興味がある」等があがるかもしれない。
 このような仮説を考えつくし、実際にそれらを説明できそうなデータを作成して検証し、具体的な予測モデルとして組み立てていく。後半の予測モデルを作るという数学的なスキルより、最初の行程である仮説作りにこそマーケターのセンスが発揮されるし予測モデルの成否を決めるのだと渋谷氏は語る。

 「データベースに直接入っていないような情報にも着目し、どんなデータが使えそうかを考える。これが、マーケターの腕の見せ所です。そのために仮説を立て、ペルソナを作り、その特徴を考えてデータを探す。数字ではない、アイディアが必要とされる部分です。」(渋谷氏)

 渋谷氏はさらにここで、仮説を作り出す時の4つのポイントを提示した。

①データから入らない
②詳しい人に話を聞く
③できるだけたくさん仮説を考える
④クリエイティブも重要

 データありきで考えるのではなく、仮説を立てた上でデータを用いて検証する重要さを強調した上で、渋谷氏はさらにクリエイティブの重要性についても触れた。

「データでターゲティングはできますが、データだけでお客さまの気持ちや行動は動かすことはできません。そこも最後忘れないようにしてほしいですね。」(渋谷氏)

 ただデータが使えるだけではなく、仮説を立て、それをデータで検証して、施策に繋げられる存在こそがデータマーケターであると渋谷氏は最後に強調した。

「海外女子旅」のペルソナ作成からわかる思考プロセス

 会の後半では、ここまでの説明を基にグループワークを実施した。実際に過去JALが行った施策と同じテーマを使い、参加者が実際に「海外女子旅する人はどんな人?」というお題で、海外に女性だけで旅行するようなお客様のペルソナ作成を行った。さらにそのペルソナを特徴的に示すものとして、どのようなデータが必要かを話し合った。

 発表時には、沢山手が挙がったが例えば以下のようなペルソナとデータ例が発表された。

  • ▼ペルソナ
    ・冬季休暇に大学時代の友人とドイツに渡航したい
    ・目的はクリスマスマーケットやビール、インスタ映え
    ・極力乗り換えを少なくしたい
    ・冒険はしたくない
  • ▼そのペルソナを特徴づけそうなデータ
    ・オクトーバーフェスに行った経験がある
    ・ヨーロッパへの渡航履歴がある
    ・北欧雑貨などに興味がありそうなので、雑貨を特集したwebマガジンを読んでいる
    ・旅行体験の書き込みサイトで口コミを見ている
    ・ビールが大好き(そう?)

 「クリスマス前のヨーロッパという、航空券の需要が緩むタイミングなので、まさにJALにとっては需要喚起できそうなペルソナ」「ペルソナが面白く特徴的である一方、データについても収集できそうという実現可能性があります。」(渋谷氏)

 他にも『海外のイベントやお祭りが好きなペルソナ』を発表したチームに対する渋谷氏のコメントで、実際に「弊社のお客さまでも高確率で毎年マラソン時期に渡航をするマラソン好きなお客さま層』が存在していると話していた。グループワーク・発表ともに大きな盛り上がりを見せ、参加者同士や渋谷氏、西井氏ともに活発な意見が交換された。

JALが実際に設計した「女子旅女子」のペルソナとは

 では、実際にJALではどのような施策が打ち出されたか、同社が実際に立てた仮説を、データを用いてどのように検証していったのかが次々と列挙された。
 例えば、元々の仮説では海外女子旅をする年齢層を、比較的金銭的に余裕がある30~40代が多いのではないかと予想していた。しかし、「女子旅女子」と、ふつうに男女等で渡航する「ふつう女子」を比較して実際データをとって検証をしてみると、20代が多く、40代はほとんどいないという結果が得られたそうだ。

「ある程度経済的に余裕があって、かつ独身の女性がメインでした。予想していた40代前半は予想に反して夫婦での利用が多かった」と渋谷氏。他にも仮説を立て、実際のデータを用いて検証していくというプロセスを経ることによって、「女子旅女子」の有意な特徴として以下のような特徴が整理されたそうだ。(一部抜粋)

【「女子旅」層は、「ふつう女子」に比べて・・・】
◎ハワイ派、ヨーロッパ派とわかれる傾向にある。

◎マイレージプログラムに入会してから10年以内である。
◎9月の搭乗割合が非常に高い。
◎2人連れで旅行。
◎スマホでJALサイトを閲覧している割合が高い。
◎首都圏に住んでいる。
◎20代後半~30代前半が多い

 このような特徴を基にペルソナを再設定、バナー等のクリエイティブに活かしていったと渋谷氏は語った。またこれらの特徴を表すデータをもとに予測モデルを構築し、潜在的に女子旅をしそうなターゲット層を抽出した。その結果、予測した層とコントロール層の比較で、コンバージョン数で10倍以上の違いが出たのだという。
 データの重要性、それを活用するマーケターのセンス・仮説思考といったスキルの部分が多く語られてきたが、最後に渋谷氏はマーケターとしてのマインドセットに言及し、セッションを締めくくった。

 「データ分析やAIといった新たなテクノロジーにより、様々な施策が打てるようになったが、それはあくまで手段でしかありません。ビジネスに貢献してこそマーケターでありデータサイエンティストだということを忘れないでください」(渋谷氏)

Marketing Leader’s Review

参加者の方に講義に参加したご感想や、今回のインプットのポイントについてお伺いした。

JALに倣うマーケター育成・社員の視界の一致

 JAL渋谷さんの「マーケティングセンスはあるが数学が苦手な社員にはデータ分析について、SE出身で数学は強いがマーケティングや営業を知らない社員にはマーケ・営業を教えたことがあるが、どちらも成功した。外部よりも、自社事業への愛があるほうがいい結果がでる。」というお話をお聞きし、ECでも本当に同じだなと思い人材育成の必要性を再認識しました。両方が上手くいくのは、企業文化の理解があるからでしょうし、それを理解している人は貴重な存在です。

 またJALさんほど、分析やペルソナ作り〜データベースのグルーピング〜実行・検証に時間がとれていない企業が多いのではと感じます。ペルソナやゴールを意識せずに、システム部門がマーケティング部の依頼通りにデータを出しても、意図が伝わっておらず、アウトプットイメージがすり合わなかったりすることはあるでしょう。今日やったようなワークを、自社横断的な部門の社員で1時間でも時間をとって行うのはすごく有意義なんだろうと思います。
(株式会社ビジョナリーホールディングス 執行役員 デジタルエクスペリエンス事業本部 本部長 川添 隆氏)

Text by 岡上杏瑠

※過去の渋谷さんの記事はこちら


【プロフィール】
渋谷 直正
日本航空株式会社
Web販売部 1to1マーケティンググループ アシスタントマネージャー
2002年に日本航空(JAL)に入社し、2009年Web販売部に異動。月間2億ページビューに上るJALホームページのログ解析や顧客情報分析を担当。航空券などのレコメンド施策の立案・企画・実施に当たる。顧客の閲覧傾向に応じてお薦めするコンテンツを使い分け、購入率をアップするなどの成果を上げている。2014年、日経情報ストラテジー誌による「データサイエンティスト・オブ・ザ・イヤー」受賞。
https://www.jal.co.jp/


Marketer’s Compassでは、様々な業界のリーダーへの取材を通して、未来のCMOが知っておくべき情報をお届けしています。
本記事ではお伝えできなかった業界の最新事例や実務上のノウハウなど様々な情報を紹介していますので、下記よりダウンロードいただけますと幸いです。

無料のeBook
詳しくはこちら