日本で最も成功したコミュニケーションアプリ「LINE」。その成長の要因を「スタンプ」だと思っている人も多いのではないだろうか。実はその裏側には“コミュニケーションの入り口”を徹底的に意識し「イメージを明確にするメタファーを作ること」へのこだわりがあった。
LINEの社長を経てC CHANNELを創設した森川亮氏が見据える「これからの日本のマーケティングにおけるコミュニケーションの本質」とは?また国内企業が海外で勝ち抜いていくための勝算とは?森川氏に話を伺った。

C CHANNEL創設前

それではまず、森川さんの経歴を簡単に教えてください。

新卒で入社した日本テレビでは最初の6年間は社内のコンピュータシステムの開発をしていました。具体的にはニュースを制作するシステムや選挙のシステム、視聴率のシステムです。その後新規事業の部署に移り、インターネット事業や衛星放送事業、国際放送事業を担当しました。

その後はソニーに転職し、トヨタと東急グループのジョイントベンチャーでブロードバンド事業の立ち上げに携わりました。NHN Japanに移籍後、ゲーム事業を、社長になってからはNAVERや検索事業立ち上げ、livedoor買収なども経験しました。そして2011年にLINEが誕生し、2015年までLINEに勤め、そこから今のC CHANNELを立ち上げて2年が経ちます。

日本テレビ時代から新規事業の立ち上げに関わっていたんですね。「Marketics」はマーケターや経営者のためのメディアなのですが、LINE時代のマーケティングにおいて“サービスを拡大させる上でのポイント”はなんだったのでしょうか?

LINEに関しては、そもそもがコミュニケーションアプリということもあるので、周りの人が使ってないと意味がありません。なので、まず最初に社員に使ってもらうようにしました。社員全員が利用すれば社内で使う意味がありますよね。

その後、社員を中心にその家族や友達などに広げていき、最終的には若い女性に使ってもらうようにしていきました。そうすると男性の利用者も自然と増えていき、結果的に利用者が増えていきましたね。利用者の数が一定量に達すると一気に拡大するというデータがあったので、最初はまずその近い目標を達成するようにしていきました。

C Channel株式会社 代表取締役社長 森川 亮 氏

逆に失敗談は何かあるのでしょうか?

一番の失敗は、大規模な予算をかけて原宿に無料のカフェをオープンしたことです。その場でユーザー登録をするとコーヒー1杯が無料というものだったんですが、ゲーム市場において、当時はまだデジタル広告というとアプリではなくリスティングの時代だったので、獲得単価がとても高かった。なんとかそれを下げようということで実施しました。

コーヒーの原価を100円とすると獲得単価はとても安いと考えたんです。しかし結果としてお客さんは全く来ませんでした。私も店頭に立って営業していたんですが、コーヒーが無料で飲めるのを怖いと感じる人がとても多かったんです(笑)。それでも最終的に1日3,000人くらいお客さんが来るようにはなりましたが、登録はしてもらえるものの、ゲームを遊んでくれる方はほとんどいなかった。ユーザーの獲得と利用率を上げるという2軸を実現させるのはとても苦労しましたね。

若い世代ではクローズドなコミュニケーションが重要になってきていると思いますが、やはりマーケティングにおいてもターゲットの周りのクローズドなコミュニティの動向は意識されていたのでしょうか?

やはり「誰が最初に使っているか」がとても重要です。実際、オタクのような人が使っているとあまり近づきたくないですよね。日本においては若い女性が使っていて、かつ流行っているとなると比較的拡大しやすい傾向にあります。なので、まずは若い女性に使ってもらうことに集中しました。そこからベッキーさんを起用したTVCMをやって一気に広がった形です。

TVCMに関しても当時はキャッチフレーズを「通話無料」にしていました。皆さんLINEってスタンプがブームのきっかけだと思われていますが、ユーザーに向けて何を伝えようかとなった時に「メッセンジャー」でもわかりづらいし、「スタンプ」もわかりづらかった。

そこで一番わかりやすい訴求ポイントってなんだろう?となった時に出てきたのが「通話無料」だったんです。実際に通話機能を使ってもらうかは別として、まずは通話無料機能をつけて訴求すれば、わかりやすいからみんなダウンロードして使ってくれるだろうというシナリオでした。潜在的なニーズと顕在的なニーズは違うんです。

コミュニケーションの入り口を、わかりやすい「通話無料」にしてダウンロードしてもらい、その後はスタンプで活性化をしていくイメージをお持ちだったんですね。

そうです。全ての新規事業に共通することですが、基本的にわかりにくいものは流行らない。いかにイメージを明確にするメタファーを作るかが重要。安いとか便利だとか。その先のコミュニケーションでは訴求ポイントを変えたって良い。とにかくコミュニケーションの入り口が一番大事なんです。

C CHANNEL立ち上げについて

それではC CHANNELの事業について改めてお伺いしてもよろしいでしょうか?

C CHANNELを立ち上げたのは、もともとメディア産業そのものを変えたいという思いからでした。LINE時代から日本の元気のなさを強く感じており、日本を元気にしたいとずっと思っていました。最初は農業やヘルスケアや教育事業を考えていましたが、どれも難易度が高い。日本テレビに勤めていたこともあり、自身のキャリアを鑑みるとメディア事業が一番だと思ったんです。

今のメディアってネガティブな情報の発信が多く、子どもたちが日本の将来に夢を持てない状況になりかねないと思います。ポジティブな情報を発信するメディアを立ち上げて、それを世界にも発信することで日本のイメージを高められるんじゃないかと思ったんです。

なぜ女性向けだったのかというと、先程もお話したとおり若い女性が使っていることはマーケティングの初期フェーズにおいてはとても重要な要素です。コンテンツがテキストから写真、動画へシフトすることはわかっていたので、スマホ時代の新しい動画メディアを女性向けに作ろう、ということで今のC CHANNELが生まれました。その際も、ストレートに「女性向けの新しい動画メディア」と言うとわかりづらいので「動画のファッション雑誌」をコンセプトに、ファッション雑誌の置き換えをメタファーにして訴求していきました。

若い女性に注目した理由としては、これからの時代若い女性が情報や文化の発信源になっていく、という想いがあったからでしょうか?

一つはそうです。もう一つは、若い女性は直感的に良いものを良いという傾向がある点です。今まで色々な事業をやってきましたが、最初のターゲットを大人の男性に設定すると絶対にうまくいかないという定説がありました。大人の男性は、今まで世の中に存在していないものは絶対にいいものではない、という思考が強いんです。

しかし新規事業においては、今までにないものこそ面白がって興味を持ってくれる層にアプローチしないと絶対に成功しない。経験上、その層が若い女性か子供だということが分かっていたので、F1層をメインのターゲットに据えました。

数々の新規事業に携わってきた森川さんだからこその視点ですね。立ち上げのころからコンテンツ制作の部分は試行錯誤されたと思いますが、何か意識されていたことは他にもあるのでしょうか?

まずは人です。どういう人だと拡散したくなるのかを徹底的に突き詰めました。当然フォロワーが多い方がいいんですが、男性フォロワーが多い場合もあるので、女性のフォロワーが多く、エンゲージメントが高い人が望ましい。フォロワーが多くてもツイートやコメントが多いフォロワーを抱えている人ですね。

あとは、我々が制作する動画に関してもエンゲージメントが高くなるものにするよう心がけました。バズる動画って色々あるんですが、いわゆるネタ的な動画は一時期パッと広がりますが長期的には話題にならない。くだらない動画ばかりシェアしているユーザーは賢くないと思われてしまうんです。なので結果的に、ちょっと新しいとかちょっと賢く見られるようなコンテンツをアップしたほうがシェアされやすいんです。エンゲージメントの部分は徹底的にこだわりました。

海外での展開についてはどのような形だったのでしょうか?

実は、C CHANNELでは今は日本よりも海外の方が利用者が多いんです。韓国、中国、台湾、タイ、インドネシア、シンガポール、フィリピン、マレーシアに展開していますが、台湾では多くの若い女性がC CHANNELを知っている状態です。6.6億再生のうち5億が海外からのアクセスです。

実は今ってアジアでビジネスをすると日本よりも韓国のほうがイメージがいいんです。アジアでは韓流のドラマや音楽が流れていいて、音楽のヒットチャートもほとんどがK-POPです。日本は”クールジャパン”や”KAWAII”と言われていますが、現地ではそんなことはありません。20代後半から30代の方は日本に良いイメージを持っていますが、10代や20代前半は圧倒的に韓流を支持しています。

そうなると当然、日本の服や化粧品は買わないですし、最近では車も家電も買わなくなってきている。海外から見て日本はもうかっこよくない時代なんです。私としては、日本の良いものをアジアに伝えることで、なんとかしてそれをひっくり返したい。

実際に海外展開をするにあたって工夫されていることや取り組んでいることはありますか?

海外においては圧倒的にSNSが有効です。アジアにおいては日本ほどアプリをDLせず、スマホ=SNSという考え方が浸透しています。となると、SNSの中にいかに企業のメッセージを入り込ませるかが重要になってきます。SNS上のコンテンツやユーザーのシェアが基本になってくるので、いかにシェアされやすい・シェアしたくなるコンテンツを提供するかがポイントです。

C CHANNELの場合、現地にスタジオを作って現地向けのコンテンツを作っています。料理もメイクもヘアアレンジも国によって全然違ってきますからね。ユーザーが実際にデジタルを活用するところから入るマーケティングが非常に重要です。

C CHANNELは立ち上げのときから海外をスコープに入れていたと思いますが、ステップ論でいうとまずは日本を重点においたのでしょうか?それとも、日本と海外同時並行で展開したのでしょうか?

海外に関しては同時並行で最初から展開していましたが、実は最初のうちは失敗の連続でした。ローンチ直後は世界中のクリッパーが自撮りをしたものを編集してアップしていたので、様々な言語のコンテンツがたくさんアップされていました。英語や中国語、韓国語のものがほとんどで、多くのユーザーの方からクレームをいただきました。言語的な問題以外にも、そもそも論として自撮りのコンテンツ自体がうまくいきませんでした。

例えば、非日常の光景はあまり評価されない。ユーザーにとって身近なコンテンツを発信してもらいながら、How To動画を自社で制作して国ごとに分けてアップするようにしました。

C CHANNELのマーケティングの秘訣

C CHANNELが成長していく中で、そのマーケティングにおける秘訣を伺いたいと思っています。ターゲットとなる層については、先ほどF1層、とのことでしたが、その中で細かいセグメントはあるのでしょうか?

多くの方に共感いただくのが大事なので、その中でも、あまりとがりすぎていないところを狙っています。

F1層をターゲットにする場合に、マーケティングにおいて気をつけることは何かありますでしょうか?

手が届く範囲に収めることですかね。近年、世界的にハイブランドが売れなくなってきています。昔は「いつかは俺も…」という心理が強く、値段が高ければ高いほど憧れる傾向にありましたが、最近の人は高いと諦めてしまう傾向にあります。なので、じわじわとその気にさせるために、なだらかな坂道を作ることが大事です。今の時代、頑張れば手に入るくらいのバランスが良いんです。

ハイブランドが売れにくくなった理由はどのようにお考えですか?

ハイブランドってほとんどが近づきにくいオーラがあったり、入り口も入りにくかったり、「うちのブランドすごいでしょ?」というコミュニケーションをしているものがほとんどでした。昔はそれで良かったかもしれませんが、最近の人は、ちょっと怖い、とか自分には関係ない、となってしまいます。「頑張れば手に入りそう」といかに思ってもらえるかが重要なんです。

昔は、ハイブランドを持ってる自分がこう見られている、という世界がありました。今でも一部ではまだ存在しますが、値段が高くなくても、私はこういう意思を持っているんだ、という考えを持つ人が増えてきているんです。

C CHANNELでも服に関するコンテンツは全くシェアされません。シェアして友達がその服を買ってしまうと自分は絶対に買えなくなってしまうので。人と同じであることを嫌うんですよね。時代が変わったなあと実感します。

LINEとC CHANNELの共通項として、発信源となる若い女性にアプローチすること、そこで共感していただくことなどが挙げられると思いますが、他には何か成功パターンのようなものはあるのでしょうか?

「コミュニケーションのきっかけを作る」ことだと思います。コミュニケーションって何かネタがないと始まらないんですよね。例えば、LINEにおいてはゲームなど全てのものを「コミュニケーションのきっかけになるか」「コミュニケーションがリッチになるか」の部分にこだわりました。「コミュニケーションしたくなる」とか「コミュニケーションしたいんだけどネタがない」とかの感情ですね。

一方で最近では、企業側からの情報発信も変わりつつあります。マスコミュニケーションはまだ生きているものの、デジタルコンテンツをWEBで展開するケースも増えています。今の時代、企業としてマーケティングにおいて必要なものは何でしょうか。

一つは『b→dash』のように顧客行動をデータとして蓄えて、自社のサービスや商品を求めている層にピンポイントでメッセージを届けること。もう一つは押し付けでないコミュニケーションのスタイルを身につけることです。それにはエンゲージメントがとても重要で、どれだけ共感を得られるかがポイントだと思います。今はコミュニケーションが重要な時代で、企業からの一方的な押し付けのコミュニケーションでは駄目なんです。

その点で国内では最近『LIFULL』という企業にとても注目しています。データをもとにした分析をベースにしながら、ビジョンからサービスへの落とし込みが非常にうまい。不動産というと、安いとか物件情報がたくさんあるといったことを訴求する企業が多いですが「世界を豊かにする」とか「生活を豊かにする」とか、そういったビジョンからのアプローチから入っているので丁寧なコミュニケーションをしていると感じます。

企業と消費者のコミュニケーションという点では、テレビCMやクチコミなど色々な話がでましたが、マーケティングにおいて、マスマーケティングとクチコミ等のクローズドマーケティングの使い方で意識していることは何かありますか?

いわゆる昔のマーケティングは、コアな層にリーチをしてそこからバイラルで広げるというやり方が主流でした。しかし今は変化が早い時代なので、一気に広げていかないとなかなか伝わりにくい。じわじわとやっているうちに時代が変わってしまうんです。

とはいえ、マスマーケティングのプッシュ型コミュニケーションだけやっていると、消費者はおかしいとか怪しいとか感じてしまう。なので、最近ではインフルエンサーからのクチコミで拡散させつつ、テレビ等のマスコミュニケーションでブランドの安心感を獲得して、一気に広げていくのがポイントだと思います。

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Editor Profile

  • 福井 和典

    株式会社データX マーケティング管掌執行役員

    日本IBMにてシステムエンジニア、GREEにてCRM領域のオペレーション企画、PwCでの業務コンサルタントとしての経験を経て、2016年よりデータXに入社。データX入社後は、カスタマーサクセス部門に在籍し、小売/金融/アパレル/ECなど幅広い業種に対するb→dash導入支援を統括。
    その後は、主にb→dashのマーケティング/広報/PR活動や事業企画に従事。

Speaker Profile

  • 森川 亮

    C Channel

    代表取締役社長

    1967年生まれ。筑波大学卒業後、日本テレビ放送網に入社。コンピュータシステム部門に配属される。インターネットの登場に刺激を受け、ネット・ビジネスに傾倒。多数の新規事業立ち上げに携わる。2000年にソニー入社。ブロードバンド事業を展開するジョイントベンチャーを成功に導く。03年にハンゲーム・ジャパン㈱(現LINE㈱)入社。オンライン・ゲーム市場でNo.1となる。07年に同社の代表取締役社長に就任。15年3月にLINE㈱代表取締役社長を退任し、顧問に就任。同年4月、動画メディアを運営するC Channel㈱を設立、代表取締役に就任。

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